■どの確率モデルを選定するか(その7)
ベータ分布はその定義域が0と1の間にある確率現象のモデルとして使われますが,その標準型は次のような確率密度関数になります.
f(x)=x^(α-1)(1-x)^(β-1)/B(α,β)
正にゆがんだ分布でも負にゆがんだ分布でも,適用できる分布としてベータ分布があげられますが,使い勝手のいい分布として,ラムダ分布なるものがあるそうです.その累積分位関数と分位密度関数は,位置母数をλ1,尺度母数をλ2,形状母数をλ3,λ4として,
F(x)=λ1+{x^λ3−(1−x)^λ4}/λ2
f(x)={λ3x^λ3-1+λ4(1−x)^λ4-1}/λ2
0<x<1
で与えられます.
これらにはxと1−xが対称の積あるいは差の形で入っていますが,今回のコラムでは番外編として,もうひとつの対称多項式について紹介します.
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【1】対称多項式
n次多項式:f(x)=a0x^n+a1x^(n-1)+・・・+an-1x+an
が関係式
f(x)=f(-1-x)(-1)^n
を満たすとき,n次対称多項式と呼ぶことにします.
0次対称多項式:f(x)=c(定数関数)
1次対称多項式:f(x)=x+1/2,f(x)=ax+a/2
2次対称多項式:f(x)=ax^2+ax+c
n次対称多項式:f(x)=ax^n+a(1+x)^n
などはその例です.すなわち,xの代わりに−1−xを代入すると,nが奇数のとき符号が交代,nが偶数のとき交代しない関数が対称多項式です.
f(x)=f(-1-x)(-1)^n
の両辺を微分すると
f'(x)=f'(-1-x)(-1)^(n-1)
f"(x)=f"(-1-x)(-1)^(n-2)
(n-k)次導関数も対称多項式になります.x=0とおくと,n次多項式:f(x)=a0x^n+a1x^(n-1)+・・・+an-1x+anが対称多項式であるための必要十分条件は
f(k)(0)=f(k)(-1)(-1)^(n-k) (k=0~n)
が成り立つことであることがわかります.そのためには係数の間に関係式
{1+(-1)^(k-1)}ak=Σ(n-i,n-k)ai(-1)^i (k=0~n)
が成り立たねばなりません.
また,s次対称多項式Fs(x)を適当に選んで
f(x)=ΣcsFn-s(x)
がn次対称多項式になるためにはc2k+1=0が成り立たねばなりません.
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[1]ベルヌーイ多項式
B0(x)=1,B2k+1(0)=0,B's(x)=Bs-1(x)
を満たすs次対称多項式をベルヌーイ多項式Bs(x)として定義します.この条件より帰納的にBs(x)を求めることができます.
また,文献によって定義の仕方が異なるのですが,ここではベルヌーイ数を
Br=(2r)!(-1)^(r-1)B2r(0)
として定義します.たとえば,
B1=1/6,B2=1/30,B3=1/42,B4=1/30,B5=5/66,B6=691/2730
[2]オイラー多項式Es(x)
E0(x)=1/2,E2k(0)=0,E's(x)=Es-1(x)
を満たすs次対称多項式をオイラー多項式Es(x)として帰納的に定義します.また,タンジェント数を
Tr=(2r-1)!2^2r(-1)^(r-1)E2r-1(0)
で定義しておきます.
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【2】トポロジーへの応用
[1]オイラー標数
凸多面体の頂点,辺,面の数をそれぞれv,e,fとすると,
v−e+f=2 (オイラーの多面体定理)
が成り立ちます.これは3次元立体について,0次元の特性数であるv,1次元の特性数であるe,2次元の特性数であるfの関係を述べたものと解釈されます.量(v−e+f)は幾何学で最も基本的な位相不変量の1つで,オイラー標数と呼ばれます.
一般に,図形がいくつかの3角形によって分割されているとき,
頂点の数−辺の数+3角形の数
は分割の仕方によらず定まり,図形に固有な量になるというものです.その際,偶数次元は+,奇数次元は−に勘定して交代和をとっています.元の立体の頂点の数vと面の数fを互いに入れ替えた立体を双対多面体といいますが,この式は頂点と面に関しての双対性も表現しているのです.
2次元オイラー標数:v−e=0
3次元オイラー標数:v−e+f=2
4次元オイラー標数:v−e+f−c=0
ですが,n次元多面体のオイラー標数は
1+(-1)^(n-1)
また,n次元複体がいくつかの単体によって分割されているとき,k次元単体の個数をαkとすると,等式
{1+(-1)^(k-1)}αn-k=Σ(n+1-2,n+1-k)αn-s(-1)^k-s-1
が成り立ちます.
さらに,
χ=αnx^(n+1)+an-1x^n+・・・+α0x+α
をオイラー特性式と呼ぶことにすると,オイラー特性式はn+1次対称多項式となり,nが奇数のとき,χ=0
nが偶数のときは,ベルヌーイ数を用いて
χ=α0+Σ(-1)^s2Bsα2s-1
=α0-1/3α1+1/15α3-1/21α5-1/15α7-5/33α9+691/1365α11+・・・
が成り立ちます(ヒルツェブルフ).
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[2]ミルナーの定理とエキゾチックな球面
半径が1の球面の公式は
1次元球面:x^2+y^2=1
2次元球面:x^2+y^2+z^2=1
3次元球面:x^2+y^2+z^2+w^2=1
という具合に変数を増やしていくだけですから,そこには本質的な違いは生じないような気がします.ところが,ある次元を境にして奇妙なことが起こることが知られています.
奇妙なことというのは,米国の数学者ミルナーが発見した7次元球面(8次元球の表面)では,微分同型写像で互いに移ることができない孤立した微分構造が28個もあるというものです(ミルナーの定理:1956年).
ミルナーは26才のとき,
Σ^7={(z1,z2,z3,z4,z5)||z1|^2+・・・+|z5|^2=1,z1^2+・・・+z5^2=0}
なる例を構成し,エキゾチックな球面Σ^7が通常の7次元球面S^7とは異なることをヒルツェブルフの指数定理を用いて証明しました.M^8の交点行列の指数は8であるが,微分同相であると仮定すると7で割り切れなければならず,背理法でミルナーの主張がいえるのです.
2個の連結和Σ^7#Σ^7はS^7に同相ですが,S^7にもΣ^7にも微分同相ではありません.27個までの連結和Σ^7#・・#Σ^7は互いに同相ですが,微分同相ではなく,28個の連結和はS^7に微分同相です.この28という数字はベルヌーイ数から定まる数です.
また,集合
H7={S^7,Σ^7,Σ^7#Σ^7,・・・,Σ^7#・・#Σ^7}
は群となり,Z28に同型です.8次元以上では
H8=Z2,H9=Z2+Z2+Z2またはZ2+Z4,H10=Z6,H11=Z992,
H12=0,H13=Z3,H14=Z2,H15=Z2+Z8128,H16=Z2
一般に(4n−1)次元で位数の大きな有限群が現れます.これらの位数もベルヌーイ数から定まります.
n次元多様体M^n上に2個の特異点をもつ関数が存在するならば,M^nはn次元球面S^nに同相です.しかし,同相を微分同相に置き換えることはできません.n≦6(n≠4)ではΣ^nはS^nに同相ならば微分同相ですが,S^nに微分同相でないn次元多様体Σ^nの存在がn≧7で知られています.(4次元では何もわかっていません.)
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[3]ヒルツェブルフの符号数定理
最後に,ヒルツェブルフの符号数定理(指数定理)を紹介することにしましょう.Mを4の倍数次元の閉じた向きづけ可能な多様体(manifold)M^4kで,概平行性をもつと仮定する.Mの次元をnとするとき,
n=8なら,Mの指数は7で割り切れる
n=12なら,Mの指数は62で割り切れる
n=16なら,Mの指数は127で割り切れる
n=20なら,Mの指数は146で割り切れる
一般に,n=4k(4の倍数)なら,Mの指数は
2^(2k)(2^(2k-1)−1)/(2k!)・Bk Bkはベルヌーイ数
を既約分数になおしたときの分子で割り切れるというのが,ヒルツェブルフの指数定理です.
Bn/nを既約分数で表したときの分母を求めることは,1840年,クラウセンとフォン・シュタウトの定理により,厳密に求めることが容易になったのですが,Bn/nの分子はnに対して急激に増加するため,計算はずっと難しかしくなります.以下に,nが小さいときの表を掲げておきますが,漸近評価
Bn/nの分子>Bn/n>4/√e(n/πe)^(2n-1/2)
より,
(n/πe)^(2n)
のオーダーとなりますから,n>πe=8.539・・・のとき,分子は急激に大きくなることが示されます.
n Bn/nの分子 n Bn/nの分子
≦5 1 9 43867
6 691 10 174611
7 1 11 77683
8 3617 12 236364091
この分子の値は,平行化可能な多様体の境界となるエキゾチック(4n−1)次元球面の微分同相からなる群が,位数
2^(2n)(2^(2n-1)−1)・Bn/nの分子
の巡回群であることから微分トポロジーの研究者の注意を引くものとなっていたのですが,結局,B7の分子が7で割り切れることがミルナーがエキゾチック球面の証明に用いた方法に繋がったのです.
ミルナーの定理は微分トポロジーにおける定理であり,一方,ベルヌーイ数は主に数論の世界で用いられる定数であって,意外なものが顔を出すところにベルヌーイ数の奥深さが感じられます.
通常の微分構造の球面を除いた27個はエキゾチックな球面と呼ばれます.「7次元球面には8次元ユークリッド空間の単位球面とは異なる微分構造が入る」といっても,これだけでは何が何だか意味不明ですが,Σ^7とS^7は位相同型であっても微分同相にならない,すなわち,なめらかさの構造がまったく異なるというのです.
しかし,微分構造とか微分同型写像とかの意味はよくはわからなくても,ミルナーの発見が衝撃的な事実であることはすぐに理解できます.われわれは,微分という言葉を何気なく使っていますが,微分が1種類とは限らないというのは直観に反していて実に驚くべきことであり,当時,ほとんどだれも予想し得なかったことだからです.ミルナーはこの業績でフィールズ賞を受けました.
球面に許される微分構造の数を表にしてみると,
次元 微分構造 次元 微分構造 次元 微分構造
1 1 7 28 13 3
2 1 8 2 14 2
3 1 9 8 15 16256
4 - 10 6 16 2
5 1 11 992
6 1 12 1
7次元までの2次形式は単位行列から定まる2次形式
x1^2+・・・+xn^2
と同型になるのですが,n=8ではこの情勢が覆り同型ではなくなります.このように,微分構造に関しては次元に関する制約がでてくるので,7次元以上では本質的に異なっていると考えられるのです.トポロジーは曲げたり伸ばしたりの連続変形を施しても変わらないようなもの(=位相不変量)を研究するのですが,空間の性質は,次元が変わるごとに劇的といってよいほど変わります.しかし,それは単にオイラー標数の話だけでなく,そこにはもっと深い幾何学的な事情があったのです.
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