ニュートンの重力法則F〜r^(-2)にみられるようなパワー則は,生物・無生物を問わず自然界に普遍的に成り立ちます.パワー則の特徴はスケールを持たないということで,光の波長のような短距離であっても,数光年のような長距離であってもすべてのスケールで正しいのです.圧縮させたり膨張させたりしても変わらないわけですから,言葉をかえれば「自己相似」ということになります.
ニュートンの法則ではベキ指数は整数でしたが,整数に限る必要はありません.哺乳類の酸素吸収量Rと体重Wには
R〜W^(3/4)
がほぼ成立することが知られていますが,ネズミに対してもゾウに対しても成り立つ生物代謝率のscale invariantな性質は,何らかの普遍性を表しているように思えます.
もちろんきりのいい分数でなくても構わないわけで,たとえば,ヒトの肺動脈は心臓と毛細血管の間で20回以上分岐しますが,2分岐モデル
d0^r=d1^r+d2^r
においては,スケール指数r=2.7という実測値が得られています(諏訪・高橋:諏訪紀夫先生と高橋徹先生は東北大学の病理学者).これにより,木のような構造をもつ肺動脈の形態と機能の生物学的発達が解明できたりするのです.
ところで,コラム「長方形の最小分割問題」において,αが無理数のとき,その小数部分には,0,1,・・・,9が1/10の頻度で現れることが見いだされていて,このことの応用として「1ではじまる数が多いのはなぜか」という興味深い応用例を紹介しました.これはベンフォードの法則と呼ばれている法則だそうです.
たとえば,ベンフォードの法則の簡単な例として,2のベキ乗2^nを順に並べてそれぞれの最大桁の数を取り出すと
2,4,8,16,32,64,128,256,512,1024,2048,・・・
→2,4,8,1,3,6,1,2,5,1,2,・・・
となっているのですが,最大桁がk(1≦k≦9)である確率はn→∞のとき,
log10((k+1)/k)
に収束することが知られています.
したがって,最大桁の頻度は1が一番高く
1→log102=0.3010,
以下,
2→log103/2=0.1761,
3→log104/3,
・・・・・・・・・,
9→log1010/9=.0458
の順になるというわけですが,驚いたことにベンフォードの法則もパワー則の表れだというのです.
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【1】ジップの法則
ほぼ100年前の経済学者パレートは個人所得の多い順にならべて,1,2,3,・・・と順位をつけその順位を横軸に,縦軸には所得高をとると双曲線様のパワー曲線が描けることを見つけました.すなわち,Nをx以上の所得を有する人の数とするとN=x^(-a)となるという法則です.
個人所得高の分布がパレート分布なのですが,同様のパワー則(power law)は経済学分野のみならず,いろいろな分野で見いだされていて,例えば,
(1)社会学における都市人口の分配法則(人口の多い順に都市をならべ,その順位を横軸,縦軸には人口ととると双曲線ができる)
(2)言語学におけるパワー則(ある言語の単語を出現頻度順にならべるとその出現確率は簡単な双曲線則にしたがう)
など,これらを総称してジップの法則といいます.
このようにして導かれた連続分布をパレート分布と呼びます.パレート分布は,経済学者にとっては60年以上昔から知られていて,人文科学領域のみならず,熱力学的解析などにも応用されてきました.また,パレート分布の逆数の分布がべき乗分布です.
母数θを含む確率密度関数f(x)をパラメータまで含めてf(x,θ)と表します.f(x,θ)が与えられているとしましょう.この母数θがまた確率密度関数g(θ)に従うとすると
h(x)=∫f(x,θ)g(θ)dθ
によって新しい確率密度関数h(x)が定義されます.
これでθに関する重み付き平均を考えたことになりますが,位置母数モデルf(x,θ)=f(x-θ)のとき,hはfとgとの畳み込みそのものであり,尺度母数モデルf(x,θ)=f(x/θ)/θのとき,hはfとgの尺度混合であるといいます.
g(θ)としてはガンマ分布が用いられることが多く,たとえば,ポアソン分布(f)をガンマ分布(g)で混合すれば,負の2項分布(h),指数分布を(f)をガンマ分布(g)で混合すれば,パレート分布(h)が得られます.t分布も正規分布をガンマ分布で混合した混合正規分布の1つです.
パレート分布は連続分布ですが,導出された起源を考えると本来の姿は離散分布です.そこで,パレート分布を離散化すると,以下のようなゼータ分布(ジップ分布,離散パレート分布)が得られます.
p(x)=[ζ(a)]^(-1)x^(-a) x=1,2,3,...
μ's=ζ(a-s)/ζ(a)
ここでζ(・)はゼータ関数ですが,ベキ指数はa≧1で,a=1のときはx=1,2,3,...,xmaxのようにxmaxがないとΣp(x)は発散してしまいます.ゼータ分布は単調減少する分布で非常に裾が長い分布です.
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【2】ベンフォードの法則
膨大な数字が並んでいる冊子(例えば会計報告書)には,ランダムに数値が並んでいるように思えますが,意外なことに1ではじまる数が多いというのです.
先頭の数字がどのような確率で出現するかを考えましょう.単純に各数字(0〜9)の出現確率が同じと考えれば,同じ確率1/9で現れるはずですが,実際には1から始まる数値が圧倒的に多く30%くらいもあります.
逆に,9から始まる数値は4.5%程度まで落ちるのですが,これはベンフォードの法則
p(k)=log10((k+1)/k)
として知られる法則です.
1→log102=0.3010,
2→log103/2=0.1761,
3→log104/3,
・・・・・・・・・,
9→log1010/9=.0458
[参]松葉育雄「複雑系の数理」朝倉書店
にしたがえば,N桁の数字までの累積分布をP(N)とすると
p(k)=∫(k,k+1)P(N)dN
と表されるのですが,ベンフォードの法則はP(N)としてベキ指数1のジップ分布
P(N)〜1/N
を仮定することにより
p(k)=∫(k,k+1)P(N)dN=log10((k+1)/k)
と再現できるというのです.
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【3】自己相似とフラクタル構造
フラクタルとは有限の空間に無限の集合がたたみこまれたもので,ロシアのマトリョウシカ人形のように相似形が入れ子構造になっていて,拡大すると自己相似パターンが認められるものを指します.
いくらでも小さいスケールで自分自身を再現するパターン,いたるところで微分不可能な連続曲線といったほうがわかりやすいかもしれません.カオスの軌道を拡大するとそこには拡大前と類似の自己相似パターンが認められることから,カオスとフラクタルは密接に関連しています.
フラクタル構造の代表例が,ガラスのひび割れ,雪の結晶,金平糖の角の造形成長パターンなどです.フラクタル構造を解明することによって,たとえば,木のような構造をもつ気管支の形態と機能の生物学的発達が説明できたり,また,銀河は宇宙上に一様に生ずるのではなく,むしろクラスターとして存在していますが,宇宙のフラクタル構造の解明がその起源の理解に導いてくれます.
長い間,物の形は自然科学の対象とはなりえませんでした.それは自然の形が定量化できなかったからにほかなりませんが,しかし,誰もがそのパターン形成のメカニズムを知りたいと考えてきました.わが国では数多くの随筆を残している文化人としても高名な「天災は忘れた頃にやって来る」の物理学者,寺田寅彦を中心とした研究グループが形態形成にはそれぞれの原因があると考えて形因論を展開し,その先駆的な研究に携わっています.
寺田寅彦はX線結晶学に関して世界に誇れるような仕事をしているのですが,日常身辺の現象に対しても科学的な考察を施し,芸術と科学の一体化を図っています.彼の考えは「金平糖の研究」などによく現れていて,氷の割れ方や川の流れ方など一見でたらめな形への関心を示し,今日でいうゆらぎやパターン形成など非線形性現象の草分け的存在になっています.なお,夏目漱石の「我が輩は猫である」の寒月先生は彼がモデルとされています.
パターンの形成過程に潜む法則性については彼が育成した研究者,例えば,電気火花やガラスのひび割れパターンを平田森三が,雪片の幾何学(雪の六角結晶像)については中谷宇吉郎が研究を進めました.中谷宇吉郎は「雪は空からの手紙である」という有名な言葉を残していますが,これは雪の結晶を見るとどのような気象条件のところを通過してきたか判断できることを述べたものと思われます.
ところで,中谷宇吉郎が雪の結晶は天からの手紙という言葉を残してからすでに半世紀の年月が経過していますが,天からの手紙は解読されたといえるでしょうか.科学者たちは今やっと雪片のパターンに含まれるメッセージを解読し,どのようにして雪片が成育するかの理論を構築し始めたばかりです.水の分子が凝集した雪の結晶化現象はあまりにも複雑な挙動を示し,幾多の撹乱因子も重要な役割を果たしていて,毎回毎回,二度と再現できないような形が現れます.この問題についてのわれわれの理解はようやくその糸口をつかんだばかりで,内容についてはまったくの未解決問題,すなわちほとんど何もわかっていないというのが現状であるといわざるを得ません.
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