魔方陣の歴史は古く,中国では紀元前に知られていたようであるし,日本では江戸時代に関孝和をはじめ和算家が研究している.魔方陣は数学愛好家の興味をそそる単なるパズルだと思われがちだが,数論ではよくあるようにこの上なく単純な問題でもその奥には複雑な数学が広がっている.
n次の魔方陣,すなわち,1からn^2までの数を配置した魔方陣の定和は
n(n^2+1)/2
である.定和を手がかりにして,たとえば1から25までの数を5×5個の升目に書き込み,縦の列も横の列も対角線も足した数がすべて同じになるようにするだけなら,誰でも試行錯誤すれば解くことができる.しかし,升目の数が多くなると試行錯誤では時間がかかりすぎる.
数学者に限らず数学愛好家ならば,升目の数がどんなに増えてもこうすればすべての升目を埋めることができるという一般的方法とその根拠となる法則を見いだそうとするに違いない.そのとき,手がかりになるのは定和だけではない.魔方陣の話に移る前に(その1)(その2)をまとめておくことにしたい.
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【1】グレコ・ラテン方陣の存在・非存在
n行n列の正方形の升目に文字を配列し,各行各列に文字の重複がないものをn次ラテン方陣という.
[a,b,c] [a,b,c]
[b,c,a] [c,a,b]
[c,a,b] [b,c,a]
は3次のラテン方陣であるが,縦も横も同じ文字が重複なく1回ずつしかでてこない.ラテン方陣を作るには,最初の行をa,b,cとして一行下がるごとに左に(あるいは右に)ひとつずつ巡回置換させればよい.
ラテン方陣では属性はひとつであったが,次に属性を1つ増やして2つの属性を有する対象を升目状に並べた配列を考える.同じ組が現れずすべて異なる配列が「グレコ・ラテン方陣」である.グレコ・ラテン方陣はオイラーにちなんで「オイラー方陣」とも呼ばれる.
[a,b,c] [α,β,γ] [aα,bβ,cγ]
[b,c,a]+[γ,α,β]=[bγ,cα,aβ]
[c,a,b] [β,γ,α] [cβ,aγ,bα]
は3次の左巡回ラテン方陣と右巡回ラテン方陣を組み合わせて,グレコ・ラテン方陣にしたものである.このように,合併してグレコ・ラテン方陣になる2つのラテン方陣を(比喩的に)直交するという.
[1,2,3] [1,2,3] [11,22,33]
[3,1,2]+[2,3,1]=[32,13,21]
[2,3,1] [3,1,2] [23,31,12]
は3次のラテン方陣を組み合わせて,グレコ・ラテン方陣にしたものである.
しかし,4次のラテン方陣を組み合わせても
[1,2,3,4] [1,2,3,4] [11,22,33,44]
[4,1,2,3]+[2,3,4,1]=[42,13,24,31]
[3,4,1,2] [3,4,1,2] [33,44,11,22]
[2,3,4,1] [4,1,2,3] [24,31,42,13]
のように同じ数字が2回でてきてしまう.失敗の原因は,これらは非直交であるため,4次のグレコ・ラテン方陣とはならないことによる.
一般にnが奇数の場合,2つのラテン方陣を組み合わせるとグレコ・ラテン方陣ができるが,偶数のときはダメである.実は4次の魔法陣はまったく別の方法で作ることができるのだが,それには「有限体」を理解することが必要になる.
有限アフィン平面F4×F4を利用して作った以下の2つのラテン方陣は直交していて,これらを組み合わせるとグレコ・ラテン方陣になる.
[0,1,2,3] [0,1,2,3] [00,11,22,33]
[1,0,3,2]+[3,2,1,0]=[13,02,31,20]
[2,3,0,1] [1,0,3,2] [21,30,03,12]
[3,2,1,0] [2,3,0,1] [32,23,10,01]
すべてのnに対してグレコ・ラテン方陣は存在するのか? また,そうでないとしたらどのようなnに対してグレコ・ラテン方陣は存在するのだろうか?
1779年,オイラーは36人士官問題を出したが,この問題は直交する6次ラテン方陣の非存在と同値である.オイラーの予想が正しいことを最初に証明したのはタリー(1900年)である.そして,1960年にはn≠2,6ならば直交する2つのラテン方陣が存在することが証明された.すなわち,n=2と6の場合だけグレコ・ラテン方陣が不可能であることが判明したのである.
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【2】完全直交系と有限射影平面
グレコ・ラテン方陣では直交するラテン方陣が一組存在すればよいのであるが,次に問題になるのは,互いに直交するn次ラテン方陣の個数N(n)の決定である.この問題は1930年代にフィッシャーにより創始された統計学における実験計画と関係しているので,統計分野の人にとってはなじみの問題かもしれない.
N(1)=1,N(2)=1,N(6)=1
N(n)≧2(n≧3,n≠6)
そして
N(n)≦n−1
であることは容易にわかるのだが,
N(n)=n−1
が成立するとき,互いに直交するn−1個のラテン方陣を完全直交系という.
完全直交系が存在するnを決定することは有名な未解決問題である.有限体を用いると,素数pの累乗n=p^rに対して,n次ラテン方陣の完全直交系が存在することがわかっている.そして,各直線上にn+1個ずつの点があるのが「有限アフィン平面」で,nが素数または素数の累乗のとき有限アフィン平面は存在する.
すなわち,有限アフィン平面の存在は,n−1組の互いに直交するラテン方陣の存在と同値であって,この逆も成り立つのである.
『n次の有限アフィン平面の存在←→(n−1)個の互いに直交するラテン方陣の存在』
n次のアフィン(射影)平面が存在すれば,方程式
z^2=nx^2+(-1)^((n(n+1)/2)y^2
がすべて0でない整数解をもつことが示されていて,たとえば,n=6の場合,
z^2=6x^2−y^2
が整数解をもたないことを示すことができるので,6次のアフィン(射影)平面は存在しないことになる.
さらに,n=4k+1,4k+2の場合にn次のアフィン(射影)平面が存在すれば,
n=x^2+y^2
となる整数が存在するということも証明されている.このことからn=6,14,21,22,・・・の場合,n次のアフィン(射影)平面が存在しないことがわかるということである.
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【3】魔方陣
[1,2,3] [1,2,3] [11,22,33]
[3,1,2]+[2,3,1]=[32,13,21]
[2,3,1] [3,1,2] [23,31,12]
は3次のラテン方陣を組み合わせて,グレコ・ラテン方陣にしたものである.
これを3進法で表したものが3次の魔方陣に対応している.わかりやすいようにでてきた数のすべてから1をひいた後,3進法を10進法に直して1をたすと
[00,11,22] [0,4,8] [1,5,9]
[21,02,10]→[7,2,3]→[8,3,4]
[12,20,01] [5,6,1] [6,7,2]
となり,これで縦の並びも横の並びもその和はすべて15となっている.しかし,対角線の和は15になっていないからこれでは魔方陣とはいえない.
このようにして与えられた方陣について,2つの行,2つの列を入れ替えたりしても行和・列和に変化はないが,対角線に並ぶn個の数の組合せは変化するから,入れ替えをうまく施すと魔方陣を作ることができる.たとえば,
[4,9,2]
[3,5,7]
[8,1,6]
とすると,これで3次の魔方陣の出来上がりである.
魔方陣は正方形上の数の配置であり,正方形をそれ自身に移す変換(合同変換)は8個ある.
[4,9,2][8,3,4][6,1,8][2,7,6]
[3,5,7][1,5,9][7,5,3][9,5,1]
[8,1,6][6,7,2][2,9,4][4,3,8]
[8,1,6][2,9,4][6,7,2][4,3,8]
[3,5,7][7,5,3][1,5,9][9,5,1]
[4,9,2][6,1,8][8,3,4][2,7,6]
しかし,3次の魔方陣の場合,本質的には中央の升目に5,4隅に偶数が配置されたものただひとつしかないことがわかる.
ちなみに,合同変換に対して移り合うものを同じものとみなすと3次の魔方陣は1個,4次の魔方陣は880個,5次の魔方陣は約2.75×10^8個,6次の魔方陣は約1.77×10^19個あることが知られている.それにしてもこんなに多くの組合せ方があるとは驚きである.
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[参]内田伏一「魔方陣にみる数のしくみ」日本評論社
にしたがって,奇数次魔方陣の一般的な作り方を示すと
(1)たとえば,中央升の真下に1を置く
(2)右斜め下の升に順に数を配置していく
(3)枠外に飛び出す場合は平行移動した升に数を配置する
(4)既に数が配置されている場合は,その升の左斜め下に次の数を配置する
[11,24, 7,20, 3]
[ 4,12,25, 8,16]
[17, 5,13,21, 9]
[10,18, 1,14,22]
[23, 6,19, 2,15]
はこのようにして作った5次の魔方陣である.奇数次の魔方陣についてはこの方法で必ず魔方陣を作ることができる.
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4次の魔方陣の場合,作り方はまったく異なっていて
(1)1〜16までを順に並べる
(2)4隅と中央の4升を動かさず,他の数を中心に対して対称の位置にある升目に移動させる
[ 1, 2, 3, 4] [ 1,15,14, 4]
[ 5, 6, 7, 8] → [12, 6, 7, 9]
[ 9,10,11,12] [ 8,10,11, 5]
[13,14,15,16] [13, 3, 2,16]
偶数次の魔方陣の作り方としては,4の倍数の場合(4k:複偶数)と4で割り切れない場合(4k+2:単偶数)に分けられるのだが,一般的な4k次の魔方陣の作り方は
(1)1から16k^2までの数を順に並べる
(2)4k×4kの表を縦横に4等分し,16個のk×kの表に分割する
(3)この16個の小方陣について,4次の魔方陣を作ったときと同じ操作を加える
[ 1, 2,62,61,60,59, 7, 8]
[ 9,10,54,53,52,51,15,16]
[48,47,19,20,21,22,42,41]
[40,39,27,28,29,30,34,33]
[32,31,35,36,37,38,26,25]
[24,23,43,44,45,46,18,17]
[49,50,14,13,12,11,55,56]
[57,58, 6, 5, 4, 3,63,64]
はこのようにして作った8次魔方陣の例である.
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4k+2次の魔方陣は,4k次の魔方陣を作ってからその周りを作るのであるが,たとえば6次の魔方陣の場合,
(1)1から36までの数の中から中央にある11から26までを使って4次の魔方陣(すなわち,先に作った4次の魔方陣の各成分に10加えたもの)を作る
(2)その外周に,上辺,下辺,左辺,右辺の6数の和が111となり,4隅に関しては中心に関して点対称の位置にある2数の和が37,上下または左右に向き合った2数の和が37となるように数を配置する
[ 5,28,36,35, 3, 4]
[31,11,25,24,14, 6]
[ 7,22,16,17,19,30]
[ 8,18,20,21,15,29]
[27,23,13,12,26,10]
[33, 9, 1, 2,34,32]
これを一般化すると,n=4k+2の場合
(1)1〜n^2=(4k+2)^2までの数の中から中央にある2n−1=8k+3からn^2−2n+2=16k^2+8k+2までを使って4k次の魔方陣を作る
(2)その外周に,上辺,下辺,左辺,右辺の6数の和がn(n^2+1)/2となり,4隅に関しては中心に関して点対称の位置にある2数の和がn^2+1,上下または左右に向き合った2数の和がn^2+1となるように数を配置する
この作り方は1683年,和算家の関孝和が発表したものとのことであり,
[参]内田伏一「魔方陣にみる数のしくみ」日本評論社
にはk=1,2,3すなわちn=6次,10次,14次の魔方陣が紹介されている.
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【4】汎魔方陣
5次の魔方陣
[13, 4,20, 6,22]
[16, 7,23,14, 5]
[24,15, 1,17, 8]
[ 2,18, 9,25,11]
[10,21,12, 3,19]
は第1列を切り取って右端に移しても
[13, 4,20, 6,22] [ 4,20, 6,22,13]
[16, 7,23,14, 5] [ 7,23,14, 5,16]
[24,15, 1,17, 8]→ [15, 1,17, 8,24]
[ 2,18, 9,25,11] [18, 9,25,11, 2]
[10,21,12, 3,19] [21,12, 3,19,10]
第1行を切り取って下端に移しても
[13, 4,20, 6,22] [16, 7,23,14, 5]
[16, 7,23,14, 5] [24,15, 1,17, 8]
[24,15, 1,17, 8]→ [ 2,18, 9,25,11]
[ 2,18, 9,25,11] [10,21,12, 3,19]
[10,21,12, 3,19] [13, 4,20, 6,22]
常に魔方陣となっている(汎魔方陣).すなわち,汎魔方陣は左右と上下を貼り合わせたトーラス面上の魔方陣と考えることができる.
n次の汎魔方陣からはn^2個の汎魔方陣が得られるが,これらは同じものと考えることができる.このような同一視の下で,本質的に4次の汎魔方陣は
[ 1,14, 4,15] [ 1,12, 6,15]
[ 8,11, 5,10] [ 8,13, 3,10]
[13, 2,16, 3] [11, 2,16, 5]
[12, 7, 9, 6] [14, 7, 9, 4]
[ 1, 8,10,15]
[12,13, 3, 6]
[ 7, 2,16, 9]
[14,11, 5, 4]
の3種類,5次の汎魔方陣は144種類あることが知られている.
それに対して,6次の汎魔方陣は存在しない.もっと一般化すると単偶数次(4k+2)次=6次,10次,14次・・・の汎魔方陣は存在しないのである.
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【5】汎魔方陣と汎ラテン方陣の存在・非存在
次に,汎魔方陣の方からラテン方陣をみてみよう.ラテン方陣において各汎対角線にも異なるn文字が並んでいるとき,汎ラテン方陣という.
3次の魔方陣は中央の升目が5でなければならないので,汎魔方陣にはなり得ない.各数から1を引いて1〜n^2−1までの数の魔方陣を考えた方が便利なことが多いので,1を引いてから各数を3進展開すると
[2,9,4] [01,22,10]
[7,5,3]→[20,11,02]
[6,1,8] [12,00,21]
これは2つの補助方陣に分解され,n=3の2つの補助方陣はいずれもラテン方陣である(汎ラテン方陣ではない).
[01,22,10] [0,2,1] [1,2,0]
[20,11,02]=[2,1,0]+[0,1,2]
[12,00,21] [1,0,2] [2,0,1]
4次の汎魔方陣を,4進展開で考えると
[ 1,15,14, 4] [00,32,31,03]
[12, 6, 7, 9]→[23,11,12,20]
[ 8,10,11, 5] [13,21,22,10]
[13, 3, 2,16] [30,02,01,33]
n=4の2つの補助方陣はいずれもラテン方陣ではないが,どちらも各行・各列・各対角線に並んだ4数の和が一定値6になっている.後述するように4次の汎ラテン方陣は存在しない.
[00,32,31,03] [0,3,3,0] [0,2,1,3]
[23,11,12,20]=[2,1,1,2]+[3,1,2,0]
[13,21,22,10] [1,2,2,1] [3,1,2,0]
[30,02,01,33] [3,0,0,3] [0,2,1,3]
5次の汎魔方陣では,5進展開して
[13, 4,20, 6,22] [22,03,34,10,41]
[16, 7,23,14, 5] [30,11,42,23,04]
[24,15, 1,17, 8]→[43,24,00,31,12]
[ 2,18, 9,25,11] [01,32,13,44,20]
[10,21,12, 3,19] [14,40,21,02,33]
n=5の2つの補助方陣はいずれも汎ラテン方陣になっている.2つの直交する汎ラテン方陣から(正則な)汎魔方陣が作られるのだが,5次の汎魔方陣はすべて正則であることがわかっている.
[2,0,3,1,4] [2,3,4,0,1]
[3,1,4,2,0] [0,1,2,3,4]
=[4,2,0,3,1]+[3,4,0,1,2]
[0,3,1,4,2] [1,2,3,4,0]
[1,4,2,0,3] [4,0,1,2,3]
[参]内田伏一「魔方陣にみる数のしくみ」日本評論社
には4次,5次,7次の汎魔方陣の構成の仕方が解説されている.5次の汎魔方陣はすべて正則であり,144種類あることが知られている.それに対して,7次の正則な汎魔方陣777600種類ある.
さらに複雑なことに,7次の汎魔方陣には正則でないものも存在する.すなわち,2つの補助方陣が汎ラテン方陣になっていない(正則でない)ものであるが,正則でない7次の汎魔方陣は正則なものより多く存在するとのことで,現在でも7次の汎魔方陣の個数は確定されていない.
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汎魔方陣についてはわかったが,汎ラテン方陣の存在・非存在が次に問題になる.4次の汎ラテン方陣は存在しないことは前述したとおりであるが,さらに,偶数次の汎ラテン方陣も存在しない.また,5次の汎ラテン方陣が存在することは既に知っているが,もっと高次の汎ラテン方陣の存在・非存在についてはどうなるのであろうか?
7次の汎ラテン方陣は存在するが,9次の汎ラテン方陣は存在しない.3の倍数でない奇数の場合,縦長の桂馬飛びと横長の桂馬飛びから互いに直交する汎ラテン方陣の対を作ることができるので,このようなnについては正則な汎魔方陣が構成できるのである.
n 汎魔方陣 汎ラテン方陣
3 × ×
4 ○ ×
5 ○ ○
6 × ×
7 ○ ○
8 ○ ×
9 ○ ×
10 × ×
汎魔法陣の研究では,汎ラテン方陣について調べることがひとつのカギになる.2つの直交するn次の補助方陣が汎ラテン方陣であれば,これらを組み合わせると汎魔方陣になる.しかし,汎魔方陣が存在したとしても補助方陣が汎ラテン方陣とは限らないのである.
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