■わが闘争・2012
今年はまったく不満の残る1年であった.インスピレーションとイマジネーションが枯渇したわけではない.それどころか,コクセターもなし得なかった幾何学上の成果も少なからずでている.しかし,年に2−3篇しか論文がでなかった.
ここ数年は4−5篇はでていたから,アウトプット的には劣る.0ではないから贅沢な不満ではあるが,論文は科学者としてのアイデンティテーを確かめるためには必要だ.
そもそも優れた学者は私がしているような論文以外の雑文を書くことはしないものなのだろうが,年末の恒例で雑文を総括してみたい.
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【1】高次元準正多胞体(その1)
面数や体積の計算が可能と思われる高次元準正多面体には
[1]2^n+2n面体
[2]2(2^n−1)面体(置換多面体)
[3]3^n−1面体
があるが,とくに置換多面体の面数公式は先人達も苦心した難問である.
a1>a2>・・・>anとするとき,(a1,a2,・・・,an)の添字を置換して得られるn!個の点からなる(n−1)次元の多面体は置換多面体(順列多面体)と呼ばれる.とくにa1=n,a2=n−1,・・・,an=1の場合を指すこともある
置換多面体は置換を1回適用することで同じものになる2頂点を辺で結んでできる.たとえば,n=4の場合の置換多面体で,頂点1342と結ばれるのは1432,1324,3142の3頂点である.
この多面体は単純ゾノトープで,2^n−2個のファセットをもつ.したがって,n次元置換多面体はf0=(n+1)!個の頂点とfn-1=2(2^n−1)個のファセットをもつことになる(2次元置換多面体は六角形,3次元置換多面体は切頂八面体).
コラム「n次元の立方体と直角三角錐」「平行体の体積とグラミアン」「計算可能な多胞体」シリーズにおいて,fk(k=1〜n−2)も完成したことで通信分野などへの応用が期待される.
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【2】高次元準正多胞体(その2)
特殊型を除いて,高次元準正多胞体は何種類あるかはわかっている.しかし,それらの面数は
[1]2^n+2n面体
[2]2(2^n−1)面体(置換多面体)
[3]3^n−1面体
を除いてわかっていなかった.
石井源久先生がコンピュータを用いた総当たり的な手法で,6次元までの高次元準正多面体の面数を計算したことで,新たな局面を迎えた.現在,f0とfn-1についてはわかっている.
解析に時間がかかったのは,形状ベクトルについて誤解したからである.多胞体の中心からk次元面の中心に向かうベクトルを組にしたボロノイベクトルを
(v0,v1,・・・,vn-1)
で表すことにする.
ボロノイベクトルに対してそのスイッチをオンオフするベクトル
(m0,m1,・・・,mn-1)
ただし,miは同時に0であってはならない.また,
(m0v0,m1v1,・・・,mn-1vn-1)
は残存する頂点を決定するパラメータを考えることができる.
当初,考えた(誤解した)のは
形状ベクトル=ボロノイベクトル(v0,v1,・・・,vn-1)に対してそのスイッチをオンオフするもの
であったが,
形状ベクトル=ワイソフ構成,すなわち,その中には縮退情報と切断の深度情報が含まれている.
が正しい.
いま,「n次元の立方体と直角三角錐」シリーズは休刊中である.たとえば,空間充填2^n+2n胞体には,2(2^n−1)胞体や3^n−1胞体にみられた逐次構造がない.最近,もしかすると構造があるのかもしれないと考えるようになってきたが,当面は個別に調べていくつもりである.
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【3】平行多面体の粒子性と波動性
GWの朝日新聞の科学欄に,平行多面体の元素=「ペンタドロン」の記事が取り上げられたが,若干の誤り
立方体:σ12
6角柱:σ144→σ36
菱形12面体:σ192→σ72
長菱形12面体:σ384→σ120
切頂8面体:σ48
があり,しかも,この記事は平行多面体に隠された性質の半面=「粒子性」しか伝えていない.
ここでは残りの半面=「波動性」について申し添えておきたい.自然界を観察するとしばしば相転移現象に出くわす.氷結・溶解・蒸発・結露・昇華などがその例であるが,ここでは金属結晶の相転移を取り上げる.
金属結晶の格子は不変ではなく,鍛冶(高エネルギー下で変形させる)を施すと面心立方格子から体心立方格子に移行する.これは最密充填と最疎被覆の間の相転移と考えられ,対応するボロノイ細胞は菱形12面体から切頂8面体へと再編される.
相転移の状態移行では元素の並進運動と同時に空間の連続的な運動が起こらなければならない.すべての相転移に通用する原理があるはずであるが,この仕組みはまだ解明されていない.まるで科学者に対して挑んでいるかのように思える.
もし,菱形十二面体と切頂八面体の間の相互移行が可能な立体蝶番返しを作ることができれば(パズル愛好家がよろこぶものになるばかりでなく)直接,最密充填と最疎被覆の間の相転移のメカニズムを解き明かしてくれるので,物理現象にも応用可能ということになるわけである.
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ところで,エリック・ドメインは17才のとき,直線の辺からなる図形は1枚の紙を折り畳んでハサミを1回だけ入れるとどんなものも作れることを証明した.20才にしてMITの教授になったほどの天才児は,図形の裁ち合わせの一般化を考えた.
[Q]直線の辺をのつ任意の図形を切り分け,できたピースを蝶番で繋いで,直線の辺をもつ面積の等しい別の図形にできるだろうか?
[A]yes (2008年,27才のとき)
科学にとって,模型で考えるということは重要な意味をもっている.ミクロな物理現象では個々の原子の振る舞いを直接確認することはできないから,状態移行を説明するモデルが必要になる.そのモデルが平行多面体の間の「変身立体」である.エリック・ドメインの蝶番付き裁ち合わせの3次元への一般化は平行多面体の「変身立体」なのである.
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【4】距離空間
高次元準正多胞体の問題は,ワイソフ空間の距離構造を扱っているとも考えることができるが,コラム「n次元正多面体の辺と対角線」「ポアンソの星の距離構造」では,リジット(単位円上の定点に対する距離構造)やフレキシブル(単位円上の動点に対する距離構造)を調べたものであった.
さらに,
[1]良い配置(積分が平均値で置き換えられるか?)
[2]セームールの定理
などについても言及した.
なお,
Coxter, Regular Polytope (改訂版, Dover, 1973)
における高次元正多胞体包含関係の説明はすこぶるわかりにくいものであるので,コラム「4次元正多胞体の包含関係」では対角線の距離を使ってわかりやすく書き直した.そこでは
[3]アダマールの未解決問題
についても言及している.
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【5】リジッド構造とフレキシブル構造
ザクロ,ハチの巣,石鹸の泡などのように,空間がある立体(多面体)によって分割される空間分割は,生物と無生物を問わず,自然界に広く見られる現象であるが,空間分割における多面体の面数は14面,面の形は五角形がもっとも多いことなどが知られている.
私は商売柄どうしても細胞のようなソフトマテリアルの構造物を考えることが多いのであるが,ビルや窓など私たちの身の回りにある人工物は,多くの場合,ハードマテリアルでできている.
ソフトマテリアルとハードマテリアルの構築原理で大きく異なる点は,ソフトマテリアルによる構築では安定性が重要になるということである.安定性とはリジッドな変形のしにくさがではなく,変形を食い止めるフレキシブルなメカニズムが働くことである.スローガン風に書けば,
ハードマテリアル←→「剛性」
ソフトマテリアル←→「柔軟性」
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【6】曲線等分問題
コラム「初等幾何の楽しみ」「曲線等分問題」でわかったことは,
[1]任意等分可能・・・・・・直線,カージオイド,サイクロイド族
[2]2^mΠpi 等分可能・・・円,レムニスケート
[3]2^m等分可能・・・・・・r^3/2=cos(3θ/2),r^3=cos(3θ)
[4]2等分すら不可能・・・・r^5/2=cos(5θ/2),r^n/2=cos(nθ/2) (n≧6)
すなわち,カージオイドは2通りの方法で任意等分可能な曲線である.
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【7】オイラー・フース型定理
私個人の評価という断り書きを入れておくが,シュタイナーの円鎖定理におけるオイラー・フース型定理はエレガントな方法であるばかりでなく,深い定理である.
[1]s+1/s=2(1+(sin(π/n))^2/(1−(sin(π/n))^2
=2(1+(sin(π/n))^2)/(cos(π/n))^2
=2((cos(π/n))^21+2(sin(π/n))^2)/(cos(π/n))^2
=2(1+2tan^2(π/n))
[2]s+1/s−2=4(sin(π/n))^2/(1−(sin(π/n))^2
=4(tan(π/n))^2
たとえば,和算の問題に応用する場合,
[1]答えが整数となる例題をいくつでも作ることができる
[2]円の数を増やした例題をいくつでも作ることができる
[3]直径の円被覆定理に拡張することができる
などのメリットを有している.数セミの「エレガントな解答を求む」のコーナーで取り上げてもらうことも考えられる.
一方,ポンスレーの定理におけるオイラー・フース型定理は,リンク機構のグレブナー基底そのものといってもよい.グレブナー基底については今後ますます重要になるので論文投稿したが,受理にいたらず,残念な思いをした.
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