■リーマン予想が解かれた!(かも・第5報)

 4次元空間における球の分類に関するポアンカレ予想は,2003年6月にロシアのペルレマン博士がこれを証明したというニュースが流れました.2004年秋現在,他の数学者グループが論文を検証しているのですが,どうやら正解らしいといわれています.ポアンカレ予想はクレイ研究所が100万ドルの賞金をかけた7つのミレニアム問題のひとつで,論文が数学誌に掲載されてから2年後に受賞の是非が検討されることになっているのです.

 それに対して,リーマン予想はフランス生まれのアメリカの数学者ルイ・ド・ブランジュが2004年5月にリーマン予想の証明を自分自身のHPに発表しました.ルイ・ド・ブランジュは20年前にビーベルバッハ予想を解いたことで知られる数学者ですが,リーマン予想の証明については彼自身何度目かの「証明」ということで,数学界の評価はどうも「黙殺」に近いものがあるようです.

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【1】リーマン博士の大予想

 (その1)の頃からずっと「ただの人騒がせなおじさんかどうか,早く本論文を検討して専門家がコメントを出してくれればいいのですが,・・・」と思っていたのですが,つい最近,ド・ブランジュの「証明」の顛末に関する書籍が出版されました.

  カール・サバー「リーマン博士の大予想」紀伊国屋書店

 著者であるサバーは概ねルイ・ド・ブランジュに対して好意的です.しかし,この本の解説として,黒川信重先生によるリーマン予想の現状(2004年11月現在)に関する記事が掲載されていて,それによれば(ビーベルバッハ予想の証明と同様に,リーマン予想の証明を整関数のヒルベルト空間の)関数空間論に帰着させるというド・ブランジュの着想については,専門家によって検討され,否定的であることが公表されているというのです.

 そのため,今回の「証明」も専門家にはほとんど反響を呼んでいないとのことであって,黒川先生のご判断により本書の原著にあるド・ブランジュの「証明」は訳出されてはいません.

 私は黒川信重先生の解説が読みたくてこの本を購読したのですが,さらに驚いたことに,黒川先生はリーマン予想の証明の将来性について,いまだ3合目くらいではないかと考えておられるようでした.フェルマー予想の場合もワイルズの証明の何十年も前からガセネタが出ていたことを考えると,我々が生きているうちにリーマン仮説が解決される見込みはないのでしょうか.

 しかしながら,証明の本筋は本シリーズで解説してきた流れと一致していて「零点の固有値解釈」が有力視されるというのです.セルバーグ・ゼータ関数の場合もコルンブルムの創始した合同ゼータ関数の場合も,リーマン予想(の類似)の証明の根拠が「歪エルミート作用素の固有値はすべて純虚数である」という事実に基づいています.コンヌの結果「リーマン予想はある非可換幾何学における跡公式と同値である」という主張もこれを裏付けています.

 というわけで,リーマン予想の解決近しとは決していえないわけでもないという煮えきらない現状でしたが,以下,当該書籍の中からド・ブランジュやナッシュに関する記事を要約してみたいと思います.

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【2】ルイ・ド・ブランジュ

 リーマン予想が証明されないのは,挑戦した数学者が決して三流数学者ばかりであるからではない.証明にとりかかった有名な数学者を重要な人々に限っても,アダマール,マンゴルト,プーサン,ランダウ,ハーディ,リトルウッド,ジーゲル,ポリヤ,イェンセン,リンデレーエフ,ボーア,セルバーグ,アルティン,ヘッケ,フルヴィッツの名を挙げることができる.

 このような状況のなか,ひとりの数学者が同僚から無視されたり,露骨に避けられたりしながら,リーマン予想の証明にむけて黙々と研究を続けていた.その人の名はルイ・ド・ブランジュ.彼はただの変人ではなく,以前にもう一つの有名な定理ビーベルバッハ予想を証明している.今日,彼を相手にしない数学者でもこの業績の重要性だけは認めている.

 しかし,彼がリーマン予想の証明をするのは今回が初めてではなかった.1985年に「証明」を発表したが間違っていたのである.1989年には二度目の証明の成功を宣言した.しかし,二度の証明の成功を宣言し,二度とも間違っていたとあっては,間違いを繰り返すたびに不信感を募らせるのは当然であろう.誰も「狼少年」の三度目の証明をまじめに受け取ってはいないのである.今回の証明が三度目の正直であって欲しいのであるが,・・・

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【3】ジョン・ナッシュ

 過去100年の間にリーマン予想を証明したという数学者が現れたことは何度もある.しかし,1959年,30才の才能溢れる数学者ジョン・ナッシュのように奇怪な出来事は他に例がないだろう.ナッシュの講演は単語のつながりとしてもまったく意味をなしていなかったのである.これが彼の統合失調症の表れであった.

 ナッシュの物語−−そのその早熟な天才ぶり→狂気の始まり→不安定ながら目を見張るような回復−−は「ビューティフル・マインド」に詳しく語られている.そして,1994年にはノーベル経済学賞を受賞するまでに回復するのである.このあとは私よりも阪本ひろむ氏の解説がふさわしいであろう.

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 わたし(阪本ひろむ)とNashとの関わりは以下の通りです.多少記憶違いがあるかもしれないが・・・.

 J.Nashは,映画「ビューティフル・マインド」で一般に知られる様になった数学者であるが,任意のリーマン多様体のユークリッド空間への埋め込みが可能であるという定理を証明した.

  The Imbedding Problem for Riemannian Manifold

  Annals of Mathematics 56(1956) 20-63

(雑誌に掲載されたのは,奇しくも私の生まれた年である.)

 分野からいうと,これは多様体論に属する論文であるが,後年,この論文の手法は非線形問題(とくに非線形偏微分方程式)の根の存在を証明する手法として有効であることが分かった.

 J.Nashの手法は,(この手法の改良者の名前をあわせて)Nash-Moserの定理と呼ばれるようになった.私が大学院時代に取り組んだ非線形波動方程式の問題も,Nash-Moserの定理が用いられている.

 映画「ビューティフル・マインド」により,Nashが存命であり,ノーベル経済学賞を獲得したことを知った.

 さて,リーマン多様体のユークリッド空間への埋め込み定理には後日談がある.Nashの証明は,コンパクトな多様体の場合,間違いはない.しかし,コンパクトでない多様体の証明には見落としがあることが発見された.発見者は,ちょっと証明方法をちょっと変えるだけで,コンパクトでない多様体の場合もNashの命題は成立することを示している.

 この証明の間違いは近年に発見された(1998年 R.M.Solvey).これはNash宛のE-mailで明らかにされ,Nashのホームページ

  http://www.math.princeton.edu/jfnj/

からダウンロードできる.

 私も証明の誤りを見つけられなかった数学者の一人であるが,50年!も多数の数学者が誤りを発見できなかった訳である.なお,Beautiful Mindの著者たち(H.W.Kuhn, S.Nasar)によるJ.Nashの論文集"The Essential John Nash"(2002 Prinston Univ. Press)があり,容易に入手できる.

 彼の論文は難解であるが,我と思わん人は挑戦してはいかが.

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