コラム「菱形多面体の構成」では合同な菱形だけでできる立体が何種類あるのかについて調べるために,「ポリドロン」の試作品を使って扁長菱面体(六面体),扁平菱面体(六面体),菱形十二面体,菱形十二面体(第2種),菱形二十面体,菱形三十面体の模型を作ってみました.
クロムウェル「多面体」シュプリンガー・フェアラーク東京
には,1960年にビリンスキーが全部を調べて,新種(菱形十二面体・第2種)を発見した旨の記載があります.また,一松信先生より,凸体に限らなければ,
Coxeter "Regular polytope"
に,菱形5枚を星形正五角形のように組み合わせてできる図形2種が載っているのいうお話を伺いました.ただし,この2種の図形は立体の内部に別の頂点があるというおかしな図形であるとのことです.
前回のコラムでは,オイラーの公式
v−e+f=2
を用いて菱形多面体の存在条件を求めてみたのですが,下限(f≧6)は簡単に求められたものの,上限(f≦30?)についてはそううまくはいきませんでした.このことは,この種の研究にオイラーの公式は指針にはなるものの思ったほど有用ではないということなのでしょうか? 再考してみることにしました.
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【1】オイラーの公式・再考
[1]デルトイドの場合
正則な多面体とはその面が正多角形で,どの頂点にも同じ数の面が集まっている凸多面体のことで,各頂点に正p角形がq面集まる正多面体では,
pf=2e,qv=2e
が成り立ちます.
すべての面が正三角形で構成されている立体をデルタ多面体(正三角面体)といいます.p=3,q=3,4,5とおくと,
3f=2e,3v=2e,v−e+f=2 → f=4(正四面体)
3f=2e,4v=2e,v−e+f=2 → f=8(正八面体)
3f=2e,5v=2e,v−e+f=2 → f=20(正二十面体)
となります.
正則とは限らない一般の多面体では
Σpi=p1+・・・+pf=2e,
Σqi=q1+・・・+qv=2e
となります.デルトイドの場合,pi=3,3≦qi≦5ですから
3f=2e (fは偶数)
3v≦2e≦5v
これをオイラーの多面体定理
v−e+f=2
に代入すると
6≦e≦30
これより
4≦f≦20,(3≦v≦20)
が得られます.3f=2eよりfは偶数ですから,4面体から20面体までの偶数多面体がデルタ多面体の候補となります.このように下限・上限が求められるとそれを実際に構成する際に非常に有用となります.
結論をいいますと,デルタ多面体(正三角面体)は正4面体,正8面体,正20面体も含めて全部で8種類あります.面数の少ない順に並べると4,6,8,10,12,14,16,20面体で,デルタ18面体は存在しません.デルトイドのうち,4面,8面,20面(正多面体)と6面,10面,16面体は割合簡単ですが,12面,14面体は一工夫必要になります.→コラム「デルタ多面体の構成」
また,
クロムウェル「多面体」シュプリンガー・フェアラーク東京
にはデルトイドが「三角面体」という語で載っています.18面体(v=11)が不可能なことの証明は明記されていませんが,11個ある頂点の形を何種かと決め,そのような形に組み立てるのにどうするかと考えるのですが,どう作っても凸体にならないという形で不可能性を示すようです.このことは1942年にフロイデンタールによって決定されたとのことでした.
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デルトイドに対して,すべての面が正方形,正五角形で構成されている立体は一意に決まり
[2]すべての面が正方形で構成されている立体の場合
4f=2e,3v=2e,v−e+f=2 → f=6(立方体)
[3]すべての面が正五角形で構成されている立体の場合
5f=2e,3v=2e,v−e+f=2 → f=12(正十二面体)
となります.
中川宏さんの木工多面体の例でみたように,正五角形とは限らない5角形12面でできた立体は無数に存在します.それに対して,すべての面が正六角形で構成される立体はひとつも存在しません.このような立体は正則と条件を外して六角形という条件にしても存在しえないのですが,オイラーの公式から,多面体の少なくとも1つの頂点は3次か4次か5次でなければならず,すべての頂点の次数が6以上となることは不可能であることが導き出されます.→コラム「書ききれなかった形のはなし」
以上のことから,qの平均値を
qm=Σqi/v
とおくと,
pF=2e,qmv=2e
となって,多面体の面数fの上限・下限を決定するのにqの平均値:qmは重要な役割を果たすことが理解されます.
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【2】菱形多面体の場合
菱形の鋭角(acute)m個と鈍角(obtuse)n個が集まる頂点をamonで表すことにすると,菱形の鋭角と鈍角の和は
a+o=180°
ですから,頂点に4つ以上の鈍角が集まることは不可能です.頂点に集まる角がすべて鈍角である場合はq=3すなわちo3で,菱形の鈍角が120°より小さいことが必要になります.
o=120°(a=60°)の菱形では平面充填形となってしまいますから,o3を有する菱形多面体の面は,正三角形を2個つなげた菱形(対角線の長さの比が1:√3)よりも太っていることが必要で,黄金比や1:√2の菱形などがその候補となるというわけです.
また,この菱形(鋭角が60°より大きい)が頂点に集まる角がすべて鋭角である場合は最大1頂点に5枚ですから,a3またはa4またはa5ということになります.また,鈍角と鋭角が混ざっている頂点がある場合,a+o=180°ですから,a1o1,a2o2は存在し得ず,a3o1,a2o1,a1o2のみが可能となります.
このような場合「ポリドロン」は有用で,模型を作ってみると思いがけない性質が見てとれるのですが,実際には
扁長菱面体:a3=2,a1o2=6
扁平菱面体:a2o1=6,o3=2
菱形十二面体:a4=6,o3=8
菱形十二面体(第2種):a4=2,a3o1=4,a1o2=4,o3=4
菱形二十面体:a5=2,a3o1=10,o3=10
菱形三十面体:a5=12,o3=20
のように必要条件として,さらに
Σmi=Σni=e
を満たすような頂点が可能となります.
以上をまとめると
q=3:a3,a2o1,a1o2,o3
q=4:a4,a3o1
q=5:a5
であり,q=6となる頂点は不可能です.
また,o3をもたない多面体ではある頂点に鋭角が3つ集まってa3となるのですが,それは扁長菱面体のケースですからqmは最小(qm=3)となり除外することができます.こうしてqmが最大になるのはa5とo3のみからなる菱形多面体の場合と考えられます.
このとき,a5の頂点数をx,o3の頂点数をyとすると,
5x+3y=2e
5x=e,3y=e
が成り立ちますから,
qm=(5x+3y)/(x+y)
5x+3y=2e,x=e/5,y=e/3
を代入すると
qm=15/4
これより,
3≦qm≦15/4<4
となるのですが,
4f=2e,qmv=2e
をオイラーの公式に代入すると
12≦e≦60 → 6≦f≦30
となって,fの上限値が得られました.
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4f=2eよりeは偶数ですが,さらに
5x=e,3y=e
よりeは5の倍数かつ3の倍数ですから,fは15の倍数であることがわかります.しかし,f=15,30,45,60,・・・と順に検討しなくても,a5とo3のみからなる菱形多面体は,オイラーの公式から直ちにf=30であることが導き出されます.
前回のコラムではこのような必要条件を満たす対象を
pi=4,3≦qi≦5
のように広めに見積もったために失敗したのですが,たとえ,
pi=4,3≦qi≦4
であったとしてもfの上限は得られません.
3≦qm≦15/4<4
のようにqmに対して正確に見積もり,オイラーの公式を適切に使えば有用な結論を引き出せることがわかりました.
ちなみに,qmは
扁長菱面体:qm=3
扁平菱面体:qm=3
菱形十二面体:qm=24/7=3.43<4
菱形十二面体(第2種):qm=24/7=3.43<4
菱形二十面体:qm=40/11=3.64<4
菱形三十面体:qm=15/4=3.75<4
と計算されます.
一般的な場合について考察すると頂点amonの個数をkmn,すなわち,
q=3:a3の個数をk30,a2o1の個数をk21,a1o2の個数をk12,o3の個数をk03
q=4:a4の個数をk40,a3o1の個数をk31
q=5:a5の個数をk50
とおくと
3k30+3k21+3k12+3k03+4k40+4k31+5k50=2e
3k30+2k21+k12+4k40+3k31+5k50=e
k21+2k12+3k03+k31=e
が成り立ちます.
このようにすると,整数の分割問題のようでもありますから,全部を調べて
qm=2e/(k30+k21+k12+k03+k40+k31+k50)
の範囲を数え上げることはかなり面倒だと思われます.しかし,以上のようにa5とo3のみからなる菱形多面体に絞って考えると,fの上限:f≦30を簡単に求めることができるというわけです.
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