コラム「切稜立方体」「切頂立方体の計量」で紹介したように,5種類の平行多面体群の木工製作ができあがったわけですから,いよいよ残されたものは5種類の正多面体群の木工製作ということになります.
正多面体は正4・6・8・12・20面体の5種類あって5種類しかないことはプラトンの時代にはすでに見つけられていて,それらがプラトンの自然哲学で重要な役割を演ずるところから,正多面体はプラトンの立体(Platonic solid)とも呼ばれています.
このうち,正八面体は切稜立方体経由で切頂することによってすでに完成しているので,実際には正四面体・正十二面体・正二十面体がその対象になります.もし5種類の正多面体群と5種類の空間充填可能な平行多面体群が揃ったならば教材用としての価値はかなり高いと思われましたので,私はまた中川宏さんにあれこれ注文をつけることにしました.無理をお願いしたのも中川さんだったらきっとそれを実現させてくれると思っていたからです.
二面角の値はわかっているので,そのデータをもとにして木材を削った場合,正四面体ならできるかも.しかし正二十面体ともなると大きな狂いがでてくることは避けられないので難航が予想されます.何かうまい定規を考える必要があるのですが,とはいっても三次元定規を使う方法では木工技術の枠内から外れてしまいます.
というわけで,正多面体の木工法で三次元定規は使わずに済む方法,木工技術の枠にはいる方法を確立させるための模索が中川宏さんによって進められました.ここに完成図を掲載します.
(連絡先)
山口県山口市 中井産業株式会社 中川宏
積み木インテリアギャラリー<http://ww6.enjoy.ne.jp/~hiro-4/>
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【1】正二十面体の木工製作
(1)中川→佐藤
佐藤先生の押しにはかないません.正二十面体あきらめかけていたのですが,先生の強力な後押しで,ひとつ回り道を思いつきました.またまた困ったときの切稜頼みなのですが,ただし定規がさらに二つ要ります.それでも三次元定規は使わずに済むのでなんとか木工技術の枠に入るかなと思います.いま少々仕事が忙しいので,すこしお時間ください.
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数日後,次のようなメールが届きました.
(2)中川→佐藤
切頂立方体から正二十面体ができるのですが,手順としては,
1.黄金比切稜(18面体)
2.黄金比切頂(14面体)
3.黄金比切稜(20面体)
となります.
これはちょっとした木工マジックではないでしょうか.定規の追加は最後の黄金比定規だけでした.定規を何回使うかによって,多面体群を分類するとおもしろそうです.
(3)佐藤→中川
二面角の値はわかっているので,それを利用すれば狂いは生ずるかもしれないが大体の形はできるはずと思っておりました.狂いなく作るために黄金比がでて来るのでしょうが,それにしても不思議ですね.
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【2】正十二面体の木工製作
また数日後,今度は正十二面体の木工法も確立したという連絡が入りました.
(4)中川→佐藤
一番難しいと思っていた正十二面体はじつは最も立方体に近い正多面体でした.もちろん木工の立場からの話ですが,これで5つの正多面体はすべて立方体から作れることがわかりました.
正十二面体は立方体の12稜を二面角を基にした定規で順次落としていくことによって作ることが出来ました.私自身とても驚きました.そのことに気がつくまでのきっかけについてはまたのちほどお話させていただきます.
立方体自身を0親等としますと,平面角度定規を一度使うものを1親等−−これに正十二面体はあたります.正四面体,正八面体は2親等,正二十面体は3親等です.
(5)佐藤→中川
二面角を基にした定規は正十二面体で1種類,正四面体と正八面体で2種類,正二十面体で3種類必要になるということですが,これらのうち重複しているものはありますか?
(6)中川→佐藤
使用する定規で正多面体加工を整理しますと,
1.正四面体・正八面体
a)切稜定規(45°)
b)切頂定規(1:√2:√3)
2.正十二面体
a)専用定規(約32°)
3.正二十面体
a)切稜定規(45°)
b)切頂定規(1:√2:√3)
c)専用定規(黄金比)
となります.
(7)佐藤→中川
結局,切稜・切頂を工夫すれば当初必要に思われた立体定規は不要になり,4種類の定規で立方体からの正多面体の木工製作が可能だったという理解でよろしいでしょうか? この話もHP上に紹介記事を書きたいのでもっと詳しく教えてください.
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【3】中川マジックのまとめ
この節では木工マジックについて,ご本人の口から語ってもらうことにします.
(8)中川→佐藤
クロムウェル「多面体」(シュプリンガー・フェアラーク東京)でみつけた正二十面体に内接する黄金長方形の図解をみて最初に作ったのが,写真の正ではない五角十二面体です.これの頂点を三角形に落とせば正二十面体になるのですが,そのためには頂点立ちさせる必要があり,三次元定規が要るはめになったのでした.
そこで方向転換して残った切頂を先にやってしまえないかと考えて,その角度を手探りでやっていたところ,どうやら切頂立方体をつくる切頂定規に近いことがわかり,すでに作ってあった定規でやってみたところぴったりだったというわけです.いいかえると,正二十面体にはじつは切頂立方体が潜んでいたということなのです.
また,正ではない五角十二面体は正十二面体を作る際にも役に立ちました.この横長の五角形のうえに鉛筆で正五角形を書いてみたのです.ひょっとするともう少し角度を大きく削れば正五角形になるかもしれないと思ってやってみたのでした.
どうやらこの五角十二面体は自然界に産出する黄鉄鉱の結晶の形のようです.結晶学の先生は黄鉄鉱の結晶の模型がこんなに簡単に作れることを知っているのでしょうか?
(9)佐藤→中川
私も黄鉄鉱の結晶が正十二面体に似ているという話は知っていたのですが,正二十面体に内接する黄金長方形→五角十二面体と関係していることは知りませんでした.小川泰先生と連絡を取ってみたいですね.
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[補]正12面体と正20面体の発見
正多面体は,ピタゴラス学派には神秘的完全性の象徴のように見え,ギリシャの自然哲学者はこれらを5元素と対応させています.
正4面体,立方体,正8面体の3つが存在することは,鉱物の結晶から古くから知られていて,平凡な幾何学的事実といってもよいのですが,正12面体と正20面体は結晶形にはなり得ず,かなり遅れて発見されたようです.
正12面体は,当時シシリー島で多く産出された黄鉄鉱の結晶とよく似ていて(4つの辺だけが等しく残り一つは違っている),それから見つけだされたという説があります.また,ある種のウィルスやホウ素の単体が正20面体の形をしていることがわかったのは近年になってからのことです.
ワイルによると,5角12面体と3角20面体の発見は数学史全体の中でも美しく,もっとも特異な発見の一つとされています.
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【4】木工多面体の教育的価値
その後,木工正多面体・平行多面体群を学校に寄贈することが二人の間で話し合われました.
(10)中川→佐藤
多面体授業をこれらの木工多面体を使ってどのように行っていくのかということについて,担当の先生と一緒に練り上げていただきたく希望いたします.もちろん木でできた多面体を手に取るだけでも意味のあることだと思いますが,木工の利点は中間産物を提示できるということにもあります.ひとつ削ればこう,もうひとつ削ればこう,・・と過程を示めせば子供たちも実際に近い体験をすることが出来ると思います.
作った私にもいまだにわからないのですが,たとえば正十二面体は,最後の最後まで正五角形が現れるとは予想できないのです.決して美しいとはいえないひとつ前の形からどうして美しい正五角形の十二の面にいろどられたかたちができるのか,それはまるでさなぎから蝶が現れるような不思議さなのですが,そこに感動するだけでも子供たちの数学に対する興味は大きく育つのではないかと思うのです.
佐藤先生には,私と学校の先生との間に立ってそれをプロデュースしていただきたいです.また学校の先生にはこちらに来ていただいて見ていただきたいとも思います.自分自身の感動を伝えることなしには生徒に興味を持たせることは出来ないと思うからです.もちろん佐藤先生にもお暇が出来たときには目の前でご覧に入れたいですが・・・.
正五角形の作図,子供の頃,挑戦しましたができませんでした.最近ネットでその方法を知りましたが,それでどうして正五角形が出来るのかまだわかっていません.そんな私が立方体からあっというまに12もの正五角形を現す方法をみつけてしまったのですから,ひとつの奇跡ですよね.でもその謎はおそらく「つくる」ということのなかにあるのだろうと思います.
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【5】日本は物を作っている人間に対する尊敬を失わない国か?
昨今,子供はコンピュータ・ゲームや携帯電話に,大人はパソコン通信に夢中になっていますが,コンピュータ・ゲームやパソコン通信では何か満たされないものが残るのも事実だと思われます.何が満たされないのでしょうか.それは「創造する心」であると私は考えています.
私は医学部の出身ですが,最近の研修医は与えられた課題はうまくこなすが自分で問題を考える能力に欠けることが報ぜられています.how toはできるがwhat toはダメという問題は多くの面で現れていますから,他分野にとっても馴染みの薄い問題といってもいられないでしょう.消費することばかりに明け暮れ,何も創造しようとしない−−この問題は在来の教育がそのままでは通用しなくなってきたことの現れでもあります.
中川宏さんとのおつき合いの中で感じたことですが,ものづくりをすること,その過程で工夫するということがいかに重要か,もっと大げさにいうと,わが国がものづくりする人間に対する尊敬を失わない国になれるかどうか−−創造力の欠如の問題と関連して(蛇足ながら)申し添えておきたいと存じます.
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