コラム「楕円の平行曲線」では,アステロイドと楕円とは縮閉線と伸開線という関係にあること,そして楕円の平行曲線の特異点は,その曲線の縮閉線である準アステロイド上に現れることを解説しました.今回のコラムでは,そこでは触れなかった微分幾何学の話題を取り上げて,内容をより一層補完したいと思います.
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【1】弧長パラメータ
1つの曲線に対して,そのパラメータの選び方はいろいろあります.たとえば,原点を中心とする半径1の円の円周上の点を(x,y)とすれば,第3の変数θを媒介として,x=cosθ,y=sinθと表されます.
θは(x,y)と(0,0)を結ぶ直線とx軸とのなす角を表していますが,それは同時に円周の弧の長さでもあり,一般の曲線に対しても弧長sをパラメータにすることができます.
(x,y)=(x(s),y(s))
弧長パラメータsは平面曲線に固有のパラメータの取り方といえます.弧長パラメータsを用いると接ベクトルの長さは常に1となり,曲線論(曲率など)の議論は簡単になりますが,実際には計算不可能になることが少なくありません.
たとえば,楕円
α(t)=(acost,bsint)
の弧長は,接ベクトルが
α’(t)=(−asint,bcost)
で与えられることより
s=s(t)=∫(0,t){(asint)^2+(bcost)^2}^(1/2)dt
となりますが,この積分は楕円積分ですから初等関数で表すことはできません.
しかし,曲率の計算において実際に必要となるのはt=t(s),s=s(t)の式ではなくて,dt/dsまたはds/dtなのです.
dt/ds= (ds/dt)^(-1)
={(asint)^2+(bcost)^2}^(-1/2)
次の例でそのことを示しましょう.
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【2】平面曲線と曲率
平面曲線C上の点Pにおける曲率とは,点PでCに接する円で,最もよくCを近似するものの半径の逆数をいいます.たとえば,半径aの円の曲率は一定で1/aとなりますし,放物線:y=ax^2の原点における曲率は2aです.
ところで,平面曲線についてのフレネー・セレーの公式は,
d/dsE=AE
で表されます.
ここで,
E=(e1(s),e2(s))’
A=| 0 , κ(s)|
|-κ(s), 0 |
sを弧長パラメータとすると,e1(s)は単位接ベクトル,e2(s)はそれと直交する単位ベクトル,
e1(s)=(x’(s),y’(s)),e2(s)=(−y’(s),x’(s))
また,Aは交代行列で,κ(s)は曲率を表すスカラー関数です.また,曲率の逆数を曲率半径といいます.
円周の場合,曲率半径は半径と一致し,したがって曲率中心はつねに原点となりますが,楕円ではどうなるでしょうか?
楕円:
x^2/a^2+y^2/b^2=1
のパラメータ表示
x=acost,
y=bsint
については
e1(s)=dα(s)/ds=dα(t)/dt・dt/ds
であることに注意して,曲率を求めると,
κ(t)=ab/(a^2sin^2t+b^2cos^2t)^(3/2)
を得ることができます.
[補]一般のパラメータtを用いると
κ(t)=(x’y”−x”y’)/(x’^2+y’^2)^(3/2)
で与えられる.
これより,曲率中心を求めてみると
((a^2−b^2)/acos^3t,(a^2−b^2)/bsin^3t)
で与えられ,tが動くときの軌跡すなわち曲率中心の軌跡は,
(ax)^(2/3)+(by)^(2/3)=(a^2−b^2)^(2/3)
となり,この曲線はアステロイドとなることがわかります.
このように曲線が与えられたとき,微分幾何学的にフレネー・セレーの公式が書き下され,それから曲率が与えられ,さらに曲率中心の軌跡となる曲線を決めることができるのです.
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【3】卵形線の4頂点定理
曲線全体が常に接線の片側にあるとき,その曲線を凸閉曲線あるいは卵形線と呼びます.このことは曲率κ(s)が符号を変えないことと同値です.平面上の閉じた曲線が凸曲線であるかどうかといった大域的な形状に関する性質も,曲率という局所的に計算できる量を用いて確かめることができるというわけです.
そして,曲率κ(s)が極大値あるいは極小値をとる点,すなわち,κ’(s)=0となる点を頂点といいます.別の言い方をすると,通常のなめらかな曲線上では曲率円は曲線の2次近似となるのですが,頂点とは曲率円が3階微分以上に過剰に近似されてしまう特別な点のことと解釈されます.
「単純閉曲線上には頂点が少なくとも4個存在する」というのが4頂点定理です.円の場合はκ(s)は定数ですから,すべての点が頂点ということになります.また,楕円の場合は
κ(t)=ab/(a^2sin^2t+b^2cos^2t)^(3/2)
ですから,x軸,y軸との交点だけが頂点となります.楕円の場合が頂点数が最小になるというわけです.
4頂点定理は「単純閉曲線上に曲率円が曲線の内側にある点が少なくとも2つ,曲線の外側にある点が少なくとも2つ存在する」とさらに精密化することができます.また,球面単純閉曲線についても4頂点定理は成り立ち,その応用としてテニスボール定理「球面単純閉曲線が球面を同じ面積の領域に2分するならばその曲線は少なくとも4個の変曲点をもつ」が知られています.
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【4】等周不等式
平面凸集合に関して,周の長さLが一定で面積Aが最大の図形(面積が一定で周の最小な図形)は円であるという事実はよく知られています.そのことはL^2≧4πAという不等式で表現されます.等号は円のときだけ成立します.
同様に,3次元凸集合に対し,表面積をS,体積をVとするとS^3≧36πV^2が成り立ちます.等号成立は球のときだけで,すべての立体中で球が表面積に対して最大の体積をもっています.
そこで,等周不等式
L^2≧4πA
S^3≧36πV^2
をどんな次元にも適用できるように公式化してみましょう.
立体図形のS^3/V^2は平面図形のL^2/Aの相当していて,等周比あるいは等周定数と呼ばれます.半径rのn次元球の体積はVnr^n,表面積はnVnr^(n-1)となりますから,等周比を無次元化するために,
n次元等周比=表面積^n/体積^(n-1)
と定義すると,
n次元等周比≧n^nVn=n^nπ^(n/2)/Γ(n/2+1)(=Cn)
を得ることができます.等号は超球のときに限ります.
とくに,n=2のときとn=3のときについては,
C2=4π,C3=36π
になること,すなわち,
L^2≧4πA
S^3≧36πV^2
が証明されました.
以下,
C4=2^7π^2,C5=8/3*5^4π^2,C6=6^5π^3,・・・
となりますが,等周比が有理数(整数)×πの形となるのは,2次元・3次元だけのようです.
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【5】卵形線の等周不等式
卵形線については,次のような等周不等式が成り立ちます.
1)卵形線の最大内接円の半径をr,最小外接円の半径をRとするとき,
L^2−4πA≧π^2(R−r)^2 等号は円のとき
2)平面上の卵形線に対して,
8π^2A−[∫(x',x")^(1/3)dt]^3≧0 等号は楕円のとき
卵形線に限ると等周不等式を精密にすることができるというわけです.また,平面の等周問題と同様なことは単位球面上でも考えられます.
3)単位球面上の卵形線について
(2π−A)^2+L^2≧(2π)^2 等号は大円のとき
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【6】定幅図形
ピラミッドの石を積み上げる工事など,重い物を移動させるとき,下にコロ(丸太)を並べて転がすことがあります.この場合,切り口が円であることが重要ではなく,平行線で挟んだときの幅が一定であることが本質的です.
いかなる方向に関しても等しい幅をもっている図形を「定幅図形」と呼びますが,平面における定幅図形は円だけではなく,そのような形状は(意外にも)無数にあります.
(例1)ルーローの三角形
ルーローの三角形とは,一辺の長さaの正三角形(2次元単体)の各頂点を中心にして半径aの円弧を描くと作られる,3つの円弧からなる等辺円弧三角形です.
(例2)ルーローの三角形の平行曲線
また,各角内に半径a+r,各対角内に半径rの円を描いても定幅曲線が得られます.これはルーローの3角形上に中心をもつ定半径円群の包絡線であり,いわば,ルーローの三角形の「平行曲線」です.
(例3)ルーローの多角形およびその平行曲線
正三角形の代わりに正(2q+1)角形についても同様です.
(例4)任意の三角形から作られる定幅曲線
例1〜例3は正奇数角形からの円弧構成によるものでしたが,実は,任意の三角形から定幅曲線を作ることができます.これは,定幅曲線は3角形よりもたくさんあること(すなわち無数にあること)を意味しています.
定幅曲線の共通の性質として,
「幅dの定幅曲線の周長はπdである」
があげられます(バービエの定理:1860年).これにより幅の等しい定幅曲線は周長も等しいことがわかります.また,等周不等式により,定幅図形の中で最大の面積をもつものは円であるが,囲む面積が最小のものはなんであろうか? という問題も派生します.その答えはルーローの三角形であることが証明されています(ルベーグ:1914年).
一方,ルーローの単体とは正四面体(3次元単体)の各頂点を中心にして辺長を半径として球面を描くと作られる定幅曲面です.ルーローの三角形を3次元に拡張した図形であり,マイスナーの凸体とも呼ばれます.体積が最小となる定幅図形と信じられていますが,証明されてはいません.一般に,3次元以上のd次元のとき,定幅で体積が最大のものはd次元球ですが,体積最小のものは解明されていないのです.
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【7】四角い穴をあけるドリル・三角の穴をあけるドリル
ところで,定幅曲線はいかなる方向に関しても等しい幅をもっているわけですから,正方形に内接しながら回転することができる図形ということになります.これを応用すれば正方形の穴をあけるドリルを作ることができます.(もちろん,中心が固定されていてはダメである.)
一方,正3角形に内接しながら回転することできる凸閉曲線が,円以外にも存在します.定幅曲線と同様に,このような図形を応用すれば正3角形の穴をあけるドリルを作ることが可能になります.
このような図形の一例が,正三角形の中線を一辺とする正三角形の頂点を中心として,中線の長さを半径とする2個の円弧からなる曲線(藤原・掛谷の2角形)ですが,この性質をもつ曲線の中で囲む面積が最小のものは,藤原・掛谷の2角形であることが証明されています.
藤原は「微分積分学」など有名な解析学の本を著した数学者藤原松三郎,掛谷は「長さが1である線分を1回転させるのに必要な最小面積の図形は何か」など数々の魅力的な問題(掛谷の問題)を提出したことで知られる数学者掛谷宗一のことです.
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【8】おまけ
平面曲線のみを考察の対象としてきましたが,最後に,空間曲線と曲面の「曲率」についても短く触れておきます.
平面曲線の曲率はスカラーの値です.空間曲線には,曲率の他に捻率(れいりつ)という概念がでてきます.空間曲線については,曲率の積分である全曲率
K(α)=∫(0,l)κ(s)ds
に関するフェンヘルの定理
K(α)≧2π 等号はαが平面上の卵形線のとき
と,αが結び目のときのファリ・ミルナーの定理
K(α)≧4π
を紹介しておきます.
また,平面曲線や空間曲線の局所的形状はフレネー・セレーの公式と呼ばれる微分方程式系により完全に記述されます.しかし,このような局所的性質は,たとえば平面曲線が凸曲線であるかどうかといった大域的な性質と深くかかわり合っています.
一方,曲面の曲率はテンソルとなりますが,曲面の曲がり方を測る尺度として,ガウス曲率・平均曲率というような不変量の概念もでてきます.曲面の各点で曲がり方が最もきつい方向と緩やかな方向がありますが,ガウス曲率は曲率の最大値と最小値の積で定義され,一方,平均曲率とは2方向の曲率の相加平均で定義されます.すなわち,ガウス曲率Kと平均曲率Hは
K=κ1κ2
H=(κ1+κ2)/2
であって,また,曲率κ1,κ2を主曲率と呼びます.
さて,ガウス・ボンネの定理とは,閉曲面に対して
ガウス曲率の積分=2π×オイラー数
で表されます.ガウス・ボンネの定理は曲面の大域的な性質をガウス曲率で表す定理なのですが,
∫(微分幾何学的データ)=位相幾何学的データ
の形をしています.
すなわち,ガウス・ボンネの定理は,局所的に記述されるガウス曲率を全体で積分すると位相不変量(大域的で連続的に変形していっても変化しない量)になることをいっているわけで,微分幾何学と位相幾何学の異なる2つの世界を結びつけているところから,微分幾何学で最も美しい定理といわれています.
ガウス・ボンネの定理に類似の図式は,リーマン面のリーマン・ロッホの定理やディラック演算子に関するアティヤ・シンガーの定理などにも表れ,美しい定理の1つの型となっています.
また,オイラー数を曲率の積分で表すガウス・ボンネの定理は,2次元に限らず,2n次元についても拡張されて成り立ちます.これは,ポアンカレ・ホップの指数定理と呼ばれています.その後,ガウス・ボンネの定理はチャーンによって高次元に拡張されました.また,ガウス・ボンネ・チャーンの定理,リーマン・ロッホの定理,ヒルチェブルフの符号定理など,それ以前に知られていた幾何学の代表的ないくつかの定理を統一したものが,アティヤ・シンガーの指数定理なのです.
今回のコラムでは,曲面やその一般化である多様体の幾何学についてはほとんど触れませんでしたが,それらについては
丹野修吉「多様体の微分幾何学」実教出版
などをご参照願います.
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