シリーズ「切稜立方体」で取り上げた中川宏さんの切稜立方体は木工的発想から出発した本質的に「木工的」な立体です.
前回のコラムでは,「切稜立方体」が常にしっかりと面を押しつけられるので安定して作ることができるのに対して,木を削って「切頂立方体」を作るには切削角度・距離の設定が難しく木工にはむいていないと書きました.「切頂立方体」を木工製作するには安定した足場が必要になるため難しいのではと思えたからです.
ところが驚いたことに,中川宏さんは再び木工的発想から出発して「切頂立方体」を作ることに成功しました.今回のコラムでは中川宏さんのなされた新展開についてお知らせします.
(連絡先)
山口県山口市 中井産業株式会社 中川宏
積み木インテリアギャラリー<http://ww6.enjoy.ne.jp/~hiro-4/>
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【1】切頂八面体の木工製作
「切頂立方体」を作るにはしっかりした足場が必要になるのですが,中川宏さんは立方体の切頂をいきなりやらずにまず切稜して「切稜立方体」にして足場を作ってから切頂するというアイディアによって,この点をクリアしてくれました.
切稜18面体
を作ったのちに,六角形面を足場にして8頂点を等角で落とすのですが,これから先は特殊な角度の定規が必要となります.この切頂のために中川宏さんは
1:√2:√3
の直角三角形の(切頂専用)角度定規を考案されています.
以下の図はそのようにして作製した切頂八面体ですが,この大きな正六角形の美しさはちょっとしたみごたえがあります.切頂が切稜の段階を経ることによって可能になったということは,氏にとってはたいへんうれしいことでしたし,私にとってはこれこそ正真正銘の「大事件」でした.
切頂八面体は前回のコラムにおいてd=3/2としたものですが,同じ方法で深さをかえるだけで
d=0・・・・・・・・・・・・・立方体
d=2−√2・・・・・・・・・・切頂立方体
d=1・・・・・・・・・・・・・立方八面体
d=3−√3・・・・・・・・・・球に外接(内接球が存在)し,かつ,S^3/V^2比が最小となる14面体
d=3/2・・・・・・・・・・・切頂八面体
d=2・・・・・・・・・・・・・正八面体
などもできます.
たとえば,立方八面体は切頂八面体をさらに削り取りとることによって作ることができます.
内接球をもつ切頂立方体
d=3−√3
は正方形面6枚とねじれた六角形8枚からなっていて,名前はまだないと思われます.
立方八面体は正八面体と組み合わせると空間充填可能,切頂八面体は単独で空間充填可能です.内接球をもつ切頂立方体
d=3−√3
は立方八面体と切頂八面体の中間にある立体で,単独では空間充填できません.
この立体を対心立方格子状に組み合わせたとき隙間を生ずるのですが,この隙間は六角形面同士がぴったりとは重なり合わないためとても入り組んでいて,フリーハンドで描いた略図からではそのかたちを直観することができませんでした.この隙間の形については後述したいと思います.
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【2】菱形十二面体の木工製作
最も簡単な菱形十二面体の木工作製法は,立方体を最大限まで切稜していくことですが,このようにするとどうしても切削角度を安定させるための小さな四角形が残ってしまいます.
この方法ではわりとたやすくかなり精度もいいものを作ることができるのですが,やはり不満が残ります.そこで中川さんは「たぶん六角柱からも菱形十二面体は切り出せる」と考えて,六角柱をもとにして菱形十二面体を作製することにしたようです.
六角柱ができればそれを菱形十二面体にするのは難しいことではないようです.菱形十二面体を構成する菱形面は,辺の長さが
1:√2:√3
の直角三角形を4個合わせたものとなっていて,前述した角度定規を使うことができるからです.
中川さんによれば「同じ定規で,六角形の中心を通るようにきめて回していくだけです.この菱形十二面体は切稜で作ったときのように小さな四角が残ることもなく,常にしっかり面を押し付けているので,安定してつくることができました.」
こうしてできた菱形十二面体を掲げます.立方体からでは小さな四角形がどうしても残ってしまうという欠点が,六角柱をもとにして作ることによって解消されています.
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【3】雑感
中川宏さんの形の研究は「木工」をベースとしており,このような視点はこれまでの形の研究ではあまりみられなかったように思えます.この記事を書いた私自身,中川さんの切頂立方体が切稜立方体のどこに足場を作って実際どうやって削ったのか不思議でなりません.
正多面体の中では立方体だけ,準正多面体の中では切頂八面体だけが空間を単独で埋めつくすことができます.それ以外の単独空間充填形となる多面体としては菱形十二面体があげられます.
中川さんは「空間充填形」と呼ばれているもののうち,立方体や六角柱,そして長菱形12面体の「柱もの」をのぞいた菱形十二面体と切頂八面体を固有の意味での三次元充填立体と考えておられるようです.そして,立方体,菱形十二面体,切頂八面体のうち,1点に4個の多面体が会してボロノイ分割に対して安定なものは切頂八面体だけなのですが,このことは14面体が最も多いとする実験的研究から得られた値を裏付ける1つの根拠を与えてくれます.
先日,中川さんから頂いた切頂八面体,内接球をもつ切頂立方体,菱形12面体とそのもとになった六角柱の<空間充填セット>を自宅に持ち帰り,長男(小学4年生)に預けてみたのですが,遊びの中で小学生がこれらの立体の特別の意味を見いだすという教育上の価値は非常に大きいと感じられました.
また,教育のあり方だけでなく,これらの立体にはいろいろな使い道が考えられるのですが,なるだけ多くの人に知ってもらい,有効な使い道を考えてもらいたいものです.
わたしの頭を悩ませた「内接球をもつ切頂立方体を対心立方格子状に組み上げたときの隙間の形」についても百聞は一見にしかずで,四角形面を底面とする四角錐台を2個,その上面同士で貼り合わせてできる鼓型の空間であることが直ちに見てとれました.
最後に,中川さんの木工的発想からみた空間充填形について紹介したいのですが「立方体・菱形十二面体・切頂八面体・長菱形十二面体は立方体に代表されるグループで,これらはすべて(立方体と菱形十二面体の間に位置する)切稜立方体によって形作ることができますから,作るという立場からはひとつのグループと考えることができます.これらに対して六角柱だけが別格なのですが,ところが無関係というわけではなくて,六角柱からも菱形十二面体は切り出せます.だから,立方体と六角柱との交差点に菱形十二面体があるといえるのです.」
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このことについてはあとでもう一度じっくり考えてみたいのですが,ともあれ,先に進むためには常にテーマ(疑問点)を作り続けるが大事のようで,中川宏さんにはサイエンティストとしての資質が十分備わっていると感じられました.
私の勤務するところは地方の小さな研究所ですが,与えられたテーマをこなすことは上手でも,常にテーマ(疑問点)を自ら作り続けるという意味でサイエンティストと呼べる人は少ないと思われます.それとは逆に,私のように自分にとって面白いこと(価値を見いだしたもの)があるとどんどんそちらにのめりこんでしまうようなタイプの人間も研究所からはドロップアウトしてしまうのですが,今後もその点を大事にしていきたいし,それがサイエンスの発展につながると考えています.
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