中川宏さんの切稜立方体:d=2(√2−1)については,これまでに
(1)18面体であること(F=18,E=48,V=28)
のほかに
(2)投影面が正八角形になること(三面図がすべて正八角形になる立体)
(3)内接球をもつこと(球に外接すること)
(4)もっとも球に近い切稜18面体であること(S^3/V^2比最小)
がわかっていて,実にうまくできている多面体であると感心させられます.
最も重要なことは
(5)2つの空間充填形(立方体と菱形12面体)の間の橋渡しをする立体
であるということです.
切稜によって,立方体(d=2)→切稜立方体(d=2(√2−1))→菱形12面体(d=0)と移行するわけですが,私の知る限り,これまで立方体と菱形12面体の橋渡しをする立体という概念はありませんでした.小川泰先生の「衝撃的」もこのあたりのことを指しているのだと思います.私も中川さんの立体からそれを窺い知ることができて本当に幸せな気分です.
正多面体の頂点を削り落とすと,その中間段階でいろいろな準正多面体が得られます.たとえば,立方体の頂点を次第に削りとると,立方体(cube)→切頂立方体(truncated cube)→立方八面体(cuboctahedron)→切頂八面体(truncated octahedron)→正八面体(octahedron)と移行します.
その場合,正多面体(p,q),(v,e,f)の切頂正多面体の(V,E,F)が
F=f+v
E=e+qv
V=qv
となるのに対して,正多面体の切稜多面体(V,E,F)は
F=f+e
E=2e+qv
V=v+qv
で表されます.
切稜立方体の性質をさらにつけ加えるとすれば
(6)平行多面体である
ということです.
立方体も菱形12面体も空間充填平行多面体なのですが,本質的な空間充填平行多面体は5種類−−立方体,6角柱,菱形12面体,長菱形12面体(6角形4枚と菱形8枚の2種類で作る12面体,菱形12面体を半分に切ってあいだに四角柱を挟んだもの),切頂8面体−−しかありません.中川さんの切稜立方体:d=2(√2−1)は単独では空間充填できませんが,立方体と一緒にすると空間充填可能となりますから,この意味で一種の平行多面体群として考えることもできるでしょう.
また,立体に限らず,平面でも(ある意味で)これに対応する状況を考えることができます.たとえば,正方形による碁盤の目状の平面充填において,正方形の切頂によって各頂点からのびている辺をd=2(√2−1)の長さの所で切り取ると正八角形と正方形による2種類の正多角形による平面充填ができますが,平面の場合は2−2=0次元対応物(頂点),立体の場合は3−2=1次元対応物(辺),n次元胞体の場合はn−2次元対応物を削り取ると考えれば,平面図形の切頂も立体図形の切稜もまったく同じ手術と考えることができるからです.
ところで,切稜立方体による積み木は六角形面同士,あるいは,正方形面同士を接触させて組み立てるものです.それにより切頭八面体型や大菱形立方八面体型などの準正多面体を構成することができます.
今回のコラムでは,中川さんの多面体の話からはちょっと離れることになるのですが,面同士の接触ではなく,点接触で立体を支える場合,最低何個の接触点が必要になるかという問題を取り上げてみました.この問題をもっと一般的にいうと,物体を加工する際,加工台上で物体を固定するための装置がいくつ要るかということに関連しています.
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【1】ロボット工学との繋がり
実はこの問題の解はロボット工学ではよく知られた定理になっています.この定理を述べる前に,私とロボット工学の関係を短く紹介させてほしいのですが,数年前このHPが縁となり秋田大学・工学資源学部の佐々木誠先生,清水健先生と車イスの研究に関わるようになりました.
3次元空間の運動を考えるとx,y,z軸方向の併進,x,y,z軸周りの回転の6つのパラメータがありますから,作業空間としては6次元を考えなければならなりません.ロボットアームの動きにせよ車イスを動かすときの腕の運動を考えるにせよこの理屈は同じなのですが,力の伝わりやすい方向を考えるとこの作業空間は6次元楕円体となります.
しかし,人間の頭は2次元(3次元)までしか対応できませんから,これを低次元に下して視覚化可能にする必要がでてきます.このようにして6次元楕円体の正射影や切り口を求めていたのですが,最近,この研究を6次元楕円体に外接する平行2n胞体(2次元の平行四辺形,3次元の平行六面体のn次元版)に対しても拡張する必要に差し迫られました.
平行2n胞体の正射影は簡単なのですが,問題はその切り口を求めることでした.立方体の2次元切り口を考えるにしても,その切り口は三角形,四角形,五角形,六角形と多彩です.それを描画するためのプログラムを作成して計算してみたところ,当該の平行2n胞体の3次元切り口は頂点数が500以上にもなってしまいました.このことについては,いずれこのHP上でも発表できる日が来ると思います.
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【2】物体把持のロボット工学
まったく予想もしなかったことなのですが,この切り口を求めるという数学の問題がロボットアーム(多指ロボットハンド)で対象物を把持するという工学の問題と等価であることがわかりました.
人間の指であれば,親指と人差し指で物体を器用に把持(ピンチング)できますが,それは指が柔らかいために物体と面接触し,そこに働く摩擦力と微妙に物体をころがして接触面を移動させるという巧みな調節が無意識のうちに働くことによって,物体が安定に拘束されているためです.
人間の腕や手は冗長関節系になっていますが,いちいち複雑な計算をしながら制御されているわけでもないのに冗長性が自然に解消されています.しかし,ロボットの場合,うまく把持するという動作の調節は簡単にはいきません.
そこでここでは最も簡単な場合,すなわち,2次元の凸多角形に対して辺に直交する力を加えて水平面上で動かないようにするという問題を考えます.この場合,物体にかかる力の和=0,トルク(回転モーメント)の和=0となることが平衡(平行移動も回転もしない)のための物理的条件です.
はじめに三角形物体を考えると,任意の三角形物体は3つの固定点で不動化できることがこの物理的条件から証明されるのですが,辺上の3点をP1,P2,P3とすると,これらの点からその辺に垂直な線を引き,この3つの直線が1点Oで交わるというのが不動化のための条件となります.
このような点Oの典型例は,点Oが三角形の最大内接円の中心(すなわち内心)となることで,そのとき,P1,P2,P3は最大内接円と三角形の接点(すなわち内心から各辺に下ろした垂線の足)として与えられます.
しかし,点Oは必ずしも三角形の内部にある必要はなく,点Oから各辺に下した垂線の足がその辺上で交わればよいのです.辺の延長線上ではいけません.
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【3】把持定理のまとめ
三角形は3点で不動化可能ですが,一般に凸多角形は4点で不動化できます.この場合も最大内接円が関係してきます.さらに細かくいうと,長方形,平行四辺形,台形のように平行な辺をもつ凸多角形ではどうしても4点が必要になりますが,平行な辺をもたない任意の凸多角形は3点で不動化できます.
この定理の3次元版は少し複雑になりますが,任意の3次元多面体は6点で,平行面をもたない多面体は4点で不動化できることが証明されています.中川さんの切稜立方体など平行多面体の不動化には6点が必要になることがわかります.
さらに,任意のn次元胞体の場合,固定点は2n個,平行な胞(n−1次元対応物)をもたないときはそれよりずっと少なくでき,n+1個まで減らせることが示されています.
これらのことからふと思ったのですが,これらの定理はn次元超立方体や双対立方体を平面に投影すると2n角形(3次元立方体であれば影の形は6角形になる),n次元正単体を投影すると輪郭はn+1角形になることと関係しているのかもしれません.正直いってよくわかりませんが,ひょっとすると類似の方法が使えないかと期待しています.小生の希望に過ぎませんが・・・
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