■ボロノイ図と等価領域
まず,簡単な縄張りのモデルを考えてみよう.草原のいくつかの巣穴にネズミが一匹ずつ棲んでいるとする.個々の縄張りが単独で存在するとき,縄張りはほぼ円であると考えることができるが,個体密度が次第に高くなってくると,縄張り所有者は互いに侵入者を追い払おうとするから,縄張り間に境界ができる.二匹のネズミの力に差がないとき,境界線は隣り合った2つの巣穴を結ぶ線分の垂直二等分線になる.そして,個体密度が十分高くなると,結局,棲息地はいくつかの凸多角形で分割されることになる.
このように,はじめに点の分布(母点)があって,隣り合った2点を結ぶ線分の垂直二等分線を次々に引いていくことによりできる多角形パターンは,ディリクレ領域またはボロノイ領域と呼ばれる.この概念は,はじめディリクレによって2次元で提出され(1850年),その後,ボロノイによって3次元に拡張された(1908年).研究分野によりいろいろな呼び名が使われていて,たとえば,地理学分野ではティーセン多角形と呼ばれているし,物性物理学分野では,ウィグナー・ザイツセルという呼び名も用いられている.細胞(セル)の図と非常に似ているためであろう.
この多角形モデルは領域の中心を占める対象が形成する勢力圏をモデル化したものであり,空間の次元が3,4,・・・にも拡張することができ,3次元では多面体,4次元では多胞体によって空間分割されることになる.
また,勢力に差があれば垂直二等分線ではなく,強いほうにふくらんだ境界曲線ができるし,領域の中心を占める対象が母点ではなく,線であったり面であったりすると,それぞれの条件に対応したデフォルメされたボロノイ図を考えることができる.
===================================
【1】ボロノイ図
立方体は単独で空間全体を格子状に埋めつくすことができる.単純立方格子状配置,すなわち角砂糖の箱の封を切ったときに見えるパターンについてはこれ以上説明するまでもないだろう.単純立方格子のボロノイ図は立方体である.
立方体以外の単一多面体による空間充填体としては,菱形十二面体や切頂八面体がよく知られている.両者はしばしば対比され,どちらも単独で空間充填可能な立体図形であるが,菱形十二面体が面心立方格子(立方体の8個の頂点と6個の面の中心に原子が配置されている構造)のボロノイ図(隣り合った2点を結ぶ線分の垂直二等分面を次々に引いていくことによりできる多面体パターン)であるのに対して,切頂八面体は体心立方格子(立方体の8個の頂点と重心原子が配置されている構造)のボロノイ図となっている.
3次元格子には1848年にブラーベが発見した14種類あるが,単純立方格子,面心立方格子,体心立方格子は14種類の空間格子のうちの3つになっている.
===================================
【2】等価領域
格子点の近傍に配位された点は等価領域という多面体を作る.単純立方格子の配位数は6で,等価領域は正八面体である.面心立方格子の配位数は12で,等価領域は立方八面体である.体心立方格子の配位数は8で,次に近い位置にある立方体の6個の中心点で決まり,菱形十二面体となる.
菱形十二面体は面心立方格子のボロノイ図であるとともに,体心立方格子の等価領域にもなるのである.
===================================
【3】おまけ
1)平行多面体は結晶構造と深く関係していて,立方体,6角柱,菱形12面体,長菱形12面体,切頂8面体はそれぞれ単純立方格子,六方格子,面心立方格子,底心格子(直方体の8個の頂点と上面・下面の面の中心に原子が配置されている構造),体心立方格子に対応するものであろう.
2)2次元格子は5種類だが,3次元格子には1848年にブラーベが発見した14種類ある.そして,これから決まる本質的なディリクレ領域は,ロシアの結晶学者フェドロフの見つけた5種類の平行多面体しかない.
3)2次元格子で異なる対称性をもつものは17種類存在する.この17種類の対称性は,2次元結晶群としてとらえることができる.この問題は,ロシアのフェドロフとドイツのシェーンフリースによって,まったく別々に解かれた.
4)空間での等長変換は,平行移動,回転,並進回転,鏡映,すべり鏡映,回転鏡映,恒等変換の7種類であるから,3次元結晶群は219種類存在し,その多くが結晶構造として自然界にも存在している.(結晶をテーマとする物理の本には,たいてい3次元結晶群の数は230種類存在すると書かれてあるが,変換が向きを保たないものは異なるものと数えているからである.)
5)4次元のブラーベ格子は64種類(74種類:10組は対掌体の関係にある)あり,4次元のフェドロフ結晶群は4783種類(4895種類)存在する.
===================================