■飽和炭化水素の構造異性体数(その2)
数学者ポリアは,1937年に環指数や数え上げ多項式という武器を使った置換群の議論によって,飽和炭化水素やその誘導体の異性体の数え上げ問題を解いた.それによればC12H26の異性体の理論的な数は355もあるという.
===================================
【1】正多面体群に対する置換群的アプローチ
SO(3)はR^3の回転全体のなす群である.正多面体の回転を考えると,
(1)頂点と原点を通る軸を中心とした2πk/q回転
(2)辺の中心と原点を通る軸を中心としたπ回転
(3)面の重心と原点を通る軸を中心とした2πk/p回転
の3つが可能な回転軸である.
これらの回転によって,正4面体(位数12)では4つの頂点の偶置換を引き起こすので4次交代群A4と同型,正8面体(位数24)では対面する面は4組あり,これらの組の置換を引き起こすので4次対称群S4と同型,正20面体(位数60)では30個の辺を5組に分ける偶置換として作用するので5次交代群A5と同型になることがわかる.
SO(3)の有限部分群A4,S4,A5はR^3の5種類の正多面体と密接な関係があり,総称して「正多面体群」と呼ばれている.正多面体の回転群は3次の特殊直交群SO(3)の有限部分群である.
SO(3)にはこのほかに2種類の有限部分群がある.一つは巡回群,もうひとつは正2面体群であり,これらでSO(3)の有限部分群をつくすことが知られている.つくすというのは,共役を除いてただ一通り存在するという意味である.正2面体群とA4,S4,A5とを併せて(広義の)正多面体群と呼ぶこともある.
以上より,SO(3)の有限合同変換群は,
(1)巡回群(Cn:位数n)
(2)正2面体群(D2n:位数2n)
(3)4次交代群(A4:位数12)←→正4面体群と同型
(4)4次対称群(S4:位数24)←→正6(8)面体群と同型
(5)5次交代群(A5:位数60)←→正12(20)面体群と同型
のいずれかである.
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
このような幾何学的・直観的にアプローチした結果だけを見ると,SO(3)の有限部分群の分類問題は容易に解けたように見えるかもしれない.ところが,それとは裏腹に,群論的な分類方法はかなり複雑である.ここでは正攻法すなわち群論的に考えることにする.
群Gの元の個数は|G|と書かれ,Gの位数と呼ばれる.シローの定理により,群Gの位数|G|を割るすべての素数pに対するシローp部分群が複雑に絡み合って群G全体の構造が決まってくる.
ここで,証明を相当部分端折ることになるのだが,置換群的アプローチによって,
1+2/|G|=1/|G1|+1/|G2|+1/|G3|
が得られる.G1,G2,G3はGの部分群であり,固定化群と呼ばれる.また,|G1|≧|G2|≧|G3|としても一般性を失わない.
こうして得られた|G1|,|G2|,|G3|,|G|を一覧表にすると,
|G1| |G2| |G3| |G|
D2n n 2 2 2n
A4 3 3 2 12
S4 4 3 2 24
A5 5 3 2 60
になる.
少し補足しておきたい.D2n型部分群は正2面体群である.前述したように,巡回群は正2面体群の部分群となっている.4文字1,2,3,4の置換全体のなす群が4次対称群S4で,その位数は4!=24である.S4は2つの生成元a,bによって生成され,基本関係式は
a^3=b^4=(ab)^2=1
4次交代群A4はS4中の偶置換(偶数個の互換の積)全体からなる部分群で,位数は24/2=12,基本関係式は
a^3=b^3=(ab)^2=1
また,5次交代群A5の位数は,5次対称群の位数が5!=120であるから,120/2=60,基本関係式は
a^3=b^5=(ab)^2=1
となる.
A4,S4,A5の3つの群は,R^3の5種類の正多面体と密接な関係にあり,S4は正6面体(正8面体:中心に関して点対称)を変えぬ運動の集合,A4は正4面体(点対称性はもたないが,面対称性をもっている)を変えぬ運動の集合,A5は正12面体(正20面体:中心に関して点対称)を変えぬ運動の集合であって,総括して正多面体群と呼ばれている.
===================================