■πの乱数度
1980年代にはいるとarctan(x)の展開公式よりも格段に優れた新しい公式が発表されました.東京大学の金田康正氏のグループは楕円積分の計算と関係したガウス・ルジャンドルの算術幾何平均法という強力な武器を用いて世界記録を樹立しました.
その計算量はO(nlogn)となり,計算能率はO(n2 )よりも優れています.スーパーコンピュータでのπの果てしなき計算競争は2011年には10兆桁を突破しています.円周率πの計算や巨大な素数の発見はコンピュータシステムの信頼性や処理速度といった性能をテストするのに最適ということです.
[補]算術幾何平均
2数a0 ,b0 をとり,それらの算術平均a1 =(a0 +b0 )/2,幾何平均b1 =√a0 b0 を計算する.次に,a1 ,b1 の平均を計算し,a2 =(a1 +b1 )/2,b2 =√a1 b1 とする.すると,an とbn は急速に同じ極限に到達する.これを算術幾何平均とよぶ.
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ところで,円周率πの小数の数字列1415926535・・・はランダムでしょうか.(当たり前ですが,πそのものはランダムではありません.展開された数字を眺めると乱数のように振る舞って見えますが,数の並びははなから決まっているのです.)
金田がπの最初の2000億桁を調べたところ,0,1,・・・,9が1/10の頻度で現れることが見いだされています.0から9までの数字が頻度に偏りなく現れる数は「正規数」と呼ばれますが,どうやらπは正規数なのですが,誰も証明するに至っていないのです.
スタン・ワゴンはπの最初の1000万桁をポーカー検定で分析しました,ポーカー検定では数字の5桁をポーカーの手とみなします.
観察度数 理論度数
バラバラ 604976 604800
ワンペア 1007151 1008000
ツーペア 216520 216000
スリーカード 144375 144000
フルハウス 17891 18000
フォーカード 8887 9000
ファイブカード 200 200
無理数√2の小数の数字列4141213562・・・は乱数列とみなせるでしょうか.πに限らず,ほとんどすべての無理数には,0,1,・・・,9が1/10の頻度で現れることが見いだされていて,√2の0〜9の数字の頻度や二数字の組の頻度と理論度数との食い違いを調べる頻度検定やポーカー検定などのランダム性を判定する普通の検定法では,一応乱数列といってもよいような状況ですが,πの小数の数字列と比べると不規則の度合いが低いことが知られています.
例として,われわれは,連分数展開によって
(1+√5)/2=[1;1,1,1,1,1,・・・]
√2=[1;2,2,2,2,2,・・・]
のように,1や2が無限に繰り返されるという規則性を見ることができますし,
√3=[1;1,2,1,2,1,2,・・・]
では交互に1,2が現れる循環連分数となります.
√5=[2;4,4,4,・・・]
√6=[2;2,4,2,4,2,・・・]
√7=[2;1,1,1,4,1,1,1,4,・・・]
連分数による実数の近似は,解を下方と上方から近似していく方法であって,ユークリッドの互除法に直結しています.一般に,√dの連分数展開は循環連分数となり周期性が証明されます.これは既約分数の小数展開が循環小数になることと対比するとおもしろい事実です.
また,超越数eの連分数展開は,
e=[2;1,2,1,1,4,1,1,6,1,1,8,1,1,10,1,1,12,1,1,14,1,1,16,・・・]
と書け,数字の出方が自然数順になっていることがわかります.
しかし,πの連分数展開
π=[3;7,15,1,292,1,1,1,2,1,3,1,14,2,1,1,2,2,2,2,1,84,2,1,1,15,3,13,1,4,2,6,6,99,1,2,2,6,3,5,1,1,6,・・・]
にはなんの規則性も見あたらないようにみえます.πに現れる数字0〜9については,重複対数の法則と呼ばれるランダムウォークに基づく非常に厳しいランダムネス検定にも十分合格することが確かめられています.πには少なくとも何進法かの表現の下でなにか隠された未発見の規則性があるに違いないと信じている人もいますが,現在のところ,πは最も複雑な数なのです.
1997年,近似エントロピーという統計的手法を使った乱数度評価では,乱数度の高い順に並べると
π>√2>e>√3
の順で,超越数が代数的数より乱数度が高いとは限らないという結果もでているそうです.
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