■研究の原点回帰
構築模型の例として,雪がなぜ六角形をしているのだろうかという問題を考えてみよう.六花という異名をもつ雪では,水分子の結晶構造が六角を基本とするからこれがひとつの内因になっていることは間違いない.しかし,この六角形の基本単位を次々につけ足していったときに全体として六角形になるとは限らない.四角形にも不定形にもなり得るので他に理由を求めなければならないのだが,雪が六角形をとるという「形の物理学」の答えは完全には与えられていないのである.
[参]小林禎作「雪ななぜ六角か」筑摩書房
この原理を初めて見知ったひとはその形の美しさにまず驚くとともに,やがてナゼ?という疑問をもつに違いない.不思議さに魅せられたならばすでに「形の物理学」の問題領域である.
多細胞からなる生体の構築の原理も然りである.多細胞からなる生体の構築が遺伝情報とはまったく別の原理に基づいてどうしてこのような形にならざるを得ないか,ある原理からどの程度理論的に誘導できるかという点に対しては,これまでほとんど手のつけようがなかった問題領域である.「形の物理学」の答えは完全には与えられていないのである.
[参]諏訪紀夫「病理形態学原論」岩波書店
はそのような問題領域に対して,独自の視点から企画された著書である.あまり知られていない一冊ではあるが,科学者の目で自然を洞察し,詩人の心をもってペンを走らせたと思われる良書であって,今日でも若い学徒たちへの入門書として極めて高い価値をもっている.
「病理形態学原論」にしても
[参]ダーシー・トムソン「成長と形」東京大学出版会
にしても,確かに古くなってしまったところもあれば,明らかに間違っているところもある.それでもこれらの本の中心的なメッセージはいまなお意義を失っておらず,その幅広さ・大胆さ・野心的な志で幾世代もの科学者に自然界についての畏れと驚きの念を抱かせてくれる.だからこそわれわれは単なる受け売りにならぬよう,今日的な知識で絶えず補完し続けることが大切であるということを申し添えておきたい.
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