■相転移モデル(その2)
チューリングは数理生物学の基礎を形作ったひとりでもある.トラやシマウマの毛皮の独特の模様が形成される過程を数学的に説明することに成功した.
多くの人は,貝殻を拾い上げてその着色パターンに驚嘆した覚えがあろう.それぞれが独特の美しさをたたえているが,そのパターン形成の仕組みはわかっていない.
まるで科学者に対して挑んでいるかのように思えるこの問題の数学的解答が,二項展開あるいは三項展開である.
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【1】二項係数とパスカルの三角形
二項展開(二項定理)の係数を三角形状に並べたものがパスカルの三角形である.たとえば,
(1+x)^5=1+5x+10x^2+10x^3+5x^4+x^5
で,先頭と最後が常に1となり,その間の数値は前の行の連続した数値を加えていくことに得られる.係数が奇数である場合にそのセルを黒くするとセルオートマトンの規則90
Ci(t+1)=Ci-1(t)+Ci+1(t) (mod2)
で与えられるようなネスト型の三角形パターンを生成する.
規則150
Ci(t+1)=Ci-1(t)+Ci(t)+Ci+1(t) (mod2)
は三項展開の係数と関連している.たとえば,
(1+x+x^2)^8=1+8x+36x^2+112x^3+266x^4+504x^5+784x^6+1016x^7+1107x^8+1016x^9+784x^10+504x^11+266x^12+112x^13+36x^14+8x^15+x^16で,最初と最後の係数のみが奇数である.
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【2】二項係数の奇偶性
(Q)(a+b)^nの二項展開の係数は,nが2^k−1の形であるとき,そのときに限りすべて奇数となることを証明せよ.
(A)(a+b),(a+b)^2,・・・,(a+b)^n-1に対して成り立っていると仮定して,(a+b)^nに対しても成り立つことを証明する.
両端の1を除くn−1個の二項係数は
n/1=n,n(n−1)/1・2,・・・,n(n−1)・・・1/1・2・・・(n−1)=n
これらがすべて奇数であるための必要十分条件は
[1]両端のnが奇数であること
[2]残りの数の分母、分子から奇数を取り去って作られる数が奇数であることである.
n=2m+1とおけば,これらの数は
m/1=m,m(m−1)/1・2,・・・,m(m−1)・・・1/1・2・・・(m−1)=m
で表される.m<nであるから,このm−1個の数はmが2^k-1−1の形であるとき,そのときに限りすべて奇数となる.
n=2m+1=2(2^k-1−1)+1=2^k−1
より,QED.
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【3】数式処理システムMathematicaの歴史
数式処理ソフトというと,MathematicaやらMAPLEやら,いまでは多くの種類があるが,パソコンで手が届くようになったのはユタ大学のハーンによってReduceが開発されて以来のことである.なかでもMathematicaは代表的な数式処理ソフトであり,数式処理ソフトの中でも別格といってよいものであろう.
その開発者ウルフラム(イギリスの理論物理学者:1959-)は,1975年,16歳でオックスフォード大学に入学後1年でそこを去り,カリフォルニア工科大学の研究員の地位を得る.20歳で博士号を取得し最年少でマッカーサー特別研究員の第1期生となった.
しかし,後のMathematicaの原型となるSMPの著作権をめぐって大学と抗争となりそこを去る.そして,多数の論文,著作を残した量子色力学の研究を放棄して,セルオートマトン理論の研究に参入する.70年代のライフゲーム(コンウェイ)のブームが下火となった80年代前半に,ウルフラムは2次元モデルが中心であったセルオートマトンに1次元モデルを導入し,物理現象を表す偏微分方程式をコンピュータで近似するかわりに,セルオートマトンを用いるスキームを開発した.
1次元セルオートマトン法では,セルの並びを横一列だけとして初期配置と状態変化の規則を設定し,その時間ステップごとの変化を縦に並べる.すると,2次元にある模様が現れる.ウルフラムはこうして得られた1次元セルオートマトンモデルが作り出すパターンを系統的に研究することによって,クラス1(均一),クラス2(周期的),クラス3(カオス的),クラス4(複雑)の4つのクラスに分類し,さらにセルオートマトンと微分方程式系との対応を初めて明らかにした.セルオートマトンによって偏微分方程式の近似解が与えられ,自然界の様々なモデル化が可能であることを指摘した.
これが1984年に発表された有名な論文の要旨である.コンピュータを使う限りはすべて離散量で扱っていることになるので,ウルフラムは微分方程式よりも彼のスキームのほうがデジタル・コンピュータに適していると主張する.このことによってセルオートマトン法は再び注目を浴び,様々な分野に適用されている.
当時,ウルフラムはプリンストン研究所と同時にロスアラモス研究所に所属していたのであるが,ウルフラムによるMathematicaの開発は,彼のセルオートマトンに対する理解と重なっているように見える.また,実際そうであったに違いない.ウルフラムについては「おそろしく頭のいい奴」とその天才ぶりを評する以外にないだろう.
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