■微視的から巨視的へ

【1】中心極限定理

 キュムラント母関数を用いて,

「独立な確率変数xiがいずれも同一の平均値μと分散σ2をもつような任意の分布に対して,その標本平均の確率分布はn→∞の極限で正規分布N(μ,σ^2/n)になる.」

を証明してみましょう.

 このような内容の定理を「中心極限定理」といい,自然界における正規分布の普遍性を説明する1つの根拠とされています.中心極限定理にはいろいろなバリエーションがあり,

  s=(x1+x2+・・・+xn)

とすると,標本平均s/nが適当な条件のもとで正規分布N(μ,σ^2/n)に,s/√nがN(√nμ,σ^2)に,あるいはsがN(nμ,nσ^2)に収束することを示したものの総称です.

(証明)独立な確率変数xiがいずれも同一の平均値μ,分散σ2と積率母関数M(t)をもつものとすると,n個の変数の和

  s=x1+x2+・・・+xn

の積率母関数は,

  M(t)=[Mx(t)]^n

したがって,z=s/√nとすると,その積率母関数は

  Mz(t)=[Mx(t/sqr(n))]^n

 これよりzのキュムラント母関数は

  nlogMx(t/√(n))=n{κ1t/√(n)+κ2/2t^2/n+κ3/6(t/√(n))^3+・・・}

  =√(n)μt+σ2/2t^2+κ3/6t^3/√(n)+・・・

r次のキュムラントはκrn^(-r/2+1)となって,n→∞のとき,3次以上のキュムラントが0に近づく.すなわち,s/√nはN(√nμ,σ^2)に収束する.(厳密な証明ではありません)

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 たくさんの確率変数の和は,各々の確率分布の形によらず,普遍的な正規分布に従うという事実は,いい換えれば,巨視的なアウトラインは微視的なディテールには依存せず,平均値や分散など大まかな性質だけで決まってしまうというものであり,量子論におけるくりこみの考え方に似ています.すなわち,中間状態のたし上げは1種の平均操作であり,その結果,微視的なディテールは見えなくなって,巨視的に意味のあるものだけが残るのだと考えられます.

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【2】フーリエ級数

 フーリエ級数と呼ばれる関数展開は,フランスの数学者・物理学者フーリエが熱伝導に関する著作の中で,任意の周期関数y=f(x)がサインとコサインの項の和,すなわち,単振動(調和振動ともいう)の和に分解されることを証明したことに始まります.すなわち,f(x)が周期2πをもつ周期関数であるならば,

  y=f(x) =a0+a1cosx+b1sinx+a2cos2x+b2sin2x+・・・+akcoskx+bksinkx+・・・

と展開することができます.

 このような形をした関数を三角多項式といいます.この式は,もとの関数f(x)が基本波成分a1cosx+b1sinxとその高調波成分とを合成したものとして表わせることを意味し,aj,bjはその成分の寄与率を示しています.寄与率は別の言い方をすれば各成分の含有率であり,重みといってもよいでしょう.

 また,サイン波成分を適当な角度だけずらすとコサイン波になるのではサイン波成分とコサイン波成分との分離はあまり絶対的な意味をもちません.したがって,この式は,次式のようにも書き換えることができます.

  y=c0+c1sin(x+d1)+c2sin(2x+d2)+・・・+cksin(kx+dk)+・・・

さらに,曲線が奇関数であれば正弦項だけ,偶関数であれば余弦項だけの和となって,もっと簡単な式になります.

 f(x)が滑らかであれば,比較的少ない項でこの級数を打ち切っても,それはf(x)をよく近似しますから,有限個の三角級数により関数近似すること(有限三角級数展開)が可能です.

  y=a0+a1cosx+b1sinx+a2cos2x+b2sin2x+・・・+akcoskx+bksinkx

 すなわち,フーリエ級数ではあまり短い周期をもつ成分は無視しても構いません.なぜかというと短い周期をもつ成分を無視して元の図形を再現するとその周期に相当した微細な構造が失われるだけで,無視してしまっても大して悪影響はないからです.また,周期関数f(x)の周期は2πですが,周期がTの関数はω=2π/T,x=ωtの変換によって新しい変数tを考えれば,tについての周期2πをもつ関数に変換されますから,上式の形で一般化して論ずることが可能になります.

 応用面でいうと,フーリエ変換の理論はそれがつくられた時点から物理現象を説明するための手段でしたし,現在でもさまざまな工学分野,CTスキャンなどの医療分野になくてはならない理論になっています.なぜフーリエ変換がCTスキャンなど医療用画像にとって重要なのかというと,前述の「短い周期をもつ成分(高調波成分)を無視してもとの図形を再現しても,その周期に対応した微細な構造が失われるだけで,再現された画像に大して悪影響はない」ということに起因しています.

 この辺の事情は,確率統計における中心極限定理の考え方によく似ています.すなわち,たくさんの確率変数の和は,各々の確率分布の形によらず,普遍的な正規分布に従うという事実は,いい換えれば,巨視的なアウトラインは微視的なディテールには依存せず,平均値や分散など大まかな性質だけで決まってしまうというものであり,その結果,微視的なディテールは見えなくなって,巨視的に意味のあるものだけが残るのだと考えられます.

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【3】平行多面体

 世の中には無限多くの形があるが,話を単純にするためにここでは「結晶」に限定しよう.結晶は230種類あることが知られている.空間での等長変換は平行移動,回転,並進回転,鏡映,すべり鏡映,回転鏡映,恒等変換の7種類であるから,3次元結晶群は219種類存在し,その多くが結晶構造として自然界にも存在している.結晶をテーマとする物理の本には,たいてい3次元結晶群の数は230種類存在すると書かれてあるが,変換が向きを保たないものは異なるものと数えているからである.

 230種類にせよ219種類にせよ,これでもかなりの数だが,少し目線を引いて結晶格子を遠くからみてみよう.じっと眺めていると面白い事実に気づく.離散から連続へ,そしていつも特定の形の凸多面体が現れるのである.

 ここで現れる結晶格子に対応する本質的な配置はディリクレ領域と呼ばれるものであるが,平行移動するだけで3次元空間を埋めつくすことのできる形(平行多面体)になっている.

 平行多面体についての第1の問題は,まずどれだけの種類があるかであるが,ロシアの結晶学者フェドロフによって,5種類の平行多面体−−立方体,6角柱,菱形12面体,長菱形12面体,切頂8面体−−しかないことが証明されている(1885年).これら5種類の図形は5種類の正多面体(プラトン立体)ほどよく知られていないが,少なくとも同じ程度に重要であると考えられる所以である.

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 すなわち,平行多面体は結晶構造と深く関係していて,これから決まる本質的なディリクレ領域は,ロシアの結晶学者フェドロフの見つけた5種類の平行多面体しかない.

[1]2次元格子で異なる対称性をもつものは17種類存在する.この17種類の対称性は,2次元結晶群としてとらえることができる.これに対応する平行多面体は2種類ある.

[2]3次元空間での等長変換は,平行移動,回転,並進回転,鏡映,すべり鏡映,回転鏡映,恒等変換の7種類であるから,3次元結晶群は219種類存在し,その多くが結晶構造として自然界にも存在している.(結晶をテーマとする物理の本には,たいてい3次元結晶群の数は230種類存在すると書かれてあるが,変換が向きを保たないものは異なるものと数えているからである.)

これに対応する平行多面体は5種類ある.

[3]4次元のフェドロフ結晶群は4783種類(4895種類)存在する.これに対応する平行多面体は52種類ある.

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