■学会見聞録(2つの未解決問題)

 平行移動と反転だけで平面を敷き詰めることができる正多角形は,正三角形・正方形・正六角形しかないが,正という条件を外し,また回転も許すことにすると

[1]非凸図形も含め,どのような三角形・四角形でもタイル貼り可能

[2]五角形・六角形ではタイル貼り可能なものが存在する

[3]七角形以上の凸図形で,タイル貼り可能なものは存在しない

 タイル貼り可能な凸六角形について,1918年にラインハルトが正六角形以外では3つのタイプを発表し,これ以外に存在しないことが証明されている.タイル貼り可能な凸五角形については現在14種類のタイプが発見されているが,これら以外に存在しないのかどうかは未解決である.平面充填可能な凸五角形を完全網羅することが最終目標になっているのである.

 3月22日,東海大学で行われた杉本晃久さんの平面充填五角形に関するセミナーをレポートする.

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【1】平面充填五角形

 ここでは正多角形ではない不規則な凸多角形に限ってみます.三角形と四角形の場合は凸でなくてもよいのですが,どんな形の三角形,四角形でも平面を過不足なく敷きつめることができます.凸六角形では本質的に異なる3つのタイプの六角形だけが平面を埋めつくします.また,凸な多角形では七角以上になるとどんな型のものもうまくいきません.

 五角形は特に興味津々です.正五角形はどうしても隙間があいてしまいますが,凸五角形では,ホームベース形も含めて,現在,14種類のタイプの平面充填形が知られています.六角形に関しては3種類以外のものは存在しないことが示されていますが,五角形に関しては14種ですべてかどうかはまだ証明されていません.

 このような問題はとかくとり漏らしやすいもので,見逃されているものがあるやもしれません.1975年にはほとんど数学を学んだことのない主婦ライスが「サイエンティフィック・アメリカン」誌の記事に触発されて,五角形で平面を敷き詰めるパターンでそれまで知られていないものを3種類も発見したほどですから・・・.

 凸五角形タイル貼りはedge to edgeで接合するものとnon-edge to edgeで接合するものに2分されますが,ここでは前者すなわち頂点同士が1点に集まり,辺の途中に他の五角形の頂点はこないものとします.

 杉本晃久さんはedge to edgeで接合するための必要条件を満たすものをすべてピックアップしました.まず,頂点の回りを完全に埋める角の条件を調べあげます.すると,辺の条件はある程度自然に定まります.ここで遺漏があってはなりません.目的はその型(タイプ)を全部求めることですが,前原潤先生が事前に内容をチェックされ,遺漏ないことを告げられました.

 この段階で465通り以外にタイル貼りの可能性をもつ未調査のものはないということはわかりましたが,465通りがはたして本当にできるかどうかはまだわかりません.つぎに,十分条件を満たすがどうかを調べるのですが,これは実際の模型で確かめてみて初めてわかるものが多くあるので,莫大な時間がかかります.

 実際,数年要したそうですが,その結果,すべて

[1]実行不可能解

[2]14種類の既知の分類のいずれかに帰属する解

になり,edge to edgeタイル貼りできる凸五角形は既知のタイプに帰属するもの以外にないことが証明されました.

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【2】非周期的平面充填

 non-edge to edge五角形タイル貼りについては解決のめどは立っていないのですが,予期せぬ副産物が得られたそうです.

 周期的な平面充填に対して,平行移動の周期がない非周期的平面充填についても多くの研究がなされています.最初に発見された非周期的タイルの集合は20426個の原型から構成されているものでした(1966年).その後,より少ない原型からなるものが発見され,現在のところ,1974年に,イギリスの数理物理学者ペンローズの発見した2種類の菱形(太った菱形とやせた菱形)を組み合わせて平面を非周期的に敷きつめるものが最も構成要素の少ないものです.ペンローズタイリングと呼ばれるこの敷きつめかたは,正五角形のような5重の対称性がありますが,隙間を生じません.

 ペンローズタイリングと同様にして,2種類の菱面体(太った菱面体とやせた菱面体)でともに合同な面をもつものを用いて,3次元を隙間なく埋める非周期的構造を作ることができます.これら2種類の菱面体は各面の菱形の対角線の長さの比が黄金比1:1.618[=(√5+1)/2]の黄金六面体です.黄金菱面体には2種類あり,細めで尖ったほうがacute ,太めで平たいほうがobtuse と呼ばれていますが,2つずつacute とobtuse が集まれば菱形十二面体,5つずつ集まれば菱形二十面体,10個ずつ集まれば菱形三十面体となります.このうち,菱形二十面体と菱形三十面体は5重の対称軸をもっています.ペンローズのタイル貼りは,三次元空間を2種類の黄金菱面体で非周期的に埋めつくしたときの平面への投影図であり,5回対称性という物質の新しい状態を2次元的に模似したものになっています.

 ところが,1993年に,1種類の凸多面体の非周期的な仕方だけで空間全体を完全に埋めつくすことができる立体「二重プリズム」が英国の数学者コンウェイによって発見されました.

 平面全体を一種類だけで非周期的に埋めつくすことのできる図形はまだ知られていません.杉本晃久さんは前節の証明を与える過程で,平面全体を一種類だけで非周期的に埋めつくすことのできる凸多角形(ただし,凸多角形同士を接合する条件としてedge to edgeのみを課した場合)は存在しないことを示したのです.

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[補]平面上の敷き詰めに引き続いて,3次元空間の敷き詰め<結晶>についてみていきましょう.結晶学の常識では,原子が周期的に配列した結晶物質では2重,3重,4重,6重の対称性しか許されないというのが鉄則・大前提になっていました.

 なぜ5重,7重,8重などの対称が結晶に存在し得ないかは正五角形は平面を埋めつくすことができないことから容易に理解されるところです.3次元では5回対称軸をもつ正五角形の役割を正12面体や正20面体が果たしますが,正五角形が平面充填形でないのと同様に正12面体・正20面体は空間充填形ではありません.

 ところが,1984年に5重の対称性を示す物質(アルミニウムとマンガンの人工合金)がアメリカのシェヒトマンによって発見され,結晶学の根底は揺るがされ,この大前提は覆されました.それはあたかも誰かが5角形の雪の結晶を発見したような事件であったのです.この物質はペンローズのタイル貼りと密接に関係していて,ペンローズが始めた5重の対称性をもつ敷きつめを3次元空間に一般化したものであり,ある規則性をもちながら周期配列をしないことから,準周期的結晶,あるいは簡単に準結晶と呼ばれます.最近まで,結晶とアモルファスの両方の物質の状態を共有しそのどちらでもない新しい状態があると思っている人はごく少なかったのですが,この準結晶は両方の性質をもっています.

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