与えられた条件を満足する図形を作図するのに用具を定規とコンパスに限るのは古代ギリシャ以来の伝統です.定規とコンパスだけで
a)与えられた角を三等分すること(角の3等分問題)
b)立方体の二倍の体積をもつ立方体の一辺を作図すること(立方体倍積問題)
c)円と等積な正方形を作図すること(円の正方形化問題・円積問題)
これらの3つの問題はギリシャの3大作図問題として有名なものですが,実は19世紀になってから作図不能であることが証明されています.
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【1】コンパスと定規による作図
正方形の対角線を1辺とする正方形の面積は最初の正方形の2倍であることは明白です.したがって,正方形の2倍の面積の正方形を求める作図問題は簡単に解くことができます.そこで,次なる問題は立方体の2倍の体積をもつ立方体を求めることです.別名デロスの神殿問題と呼ばれるこの問題も簡単に解けるに違いないと思ったのでしょうが,1辺の長さが2倍の立方体の体積はもとの立方体の2^3倍の体積,立方体の対角線を1辺とする立方体は33/2 倍の体積になってしまい,簡単には求まりません.
また,角を2等分したり,特殊な角の3等分問題,たとえば,180°,90°,45°などに対しては角を3等分する問題はまったく簡単に解くことができます.直角の倍角,半角ような特殊な角を3等分するのはわけのないことですから,角の3等分問題では任意の角を3等分する作図法を問題にします.たまたまある角度に対してとかは禁じ手とします.
無限等比級数
1/3=1/2^2+1/2^4+1/2^6+1/2^8+・・・
より,角の2等分を無限回繰り返すことによって角の3等分が可能になることが理解されます.また,ギリシア人は新しい数学曲線を見いだして立方体倍積問題や角の3等分問題などを解決しました.60°,30°,15°など任意の角の場合でも,定規とコンパスというプラトンの束縛から離れて,コンコイドやシッソイドという曲線の性質を用いた適当な道具を使えば作図可能となります.しかし,ここでは有限回の操作だけに限ることにして,また,コンコイドやシッソイドなど特殊な曲線を描くための定規は禁じ手とします.
立方体倍積問題,角の3等分問題,円の正方形化問題(円積問題)のいずれの幾何学的問題も代数方程式に対応していて,たとえば,倍積問題はx^3−2=0,角の3等分問題はx^3−3x−a=0,円積問題はx^2−π=0に帰着します.
定規とコンパスで描ける図形は直線と円ですから,その作図は線分の長さの加減乗除と平方根をとる操作に相当します.すなわち,定規(直線)とコンパス(円)による作図は,たとえそれらを繰り返し用いたとしても,+,−,×,÷,√なる5つの演算によって得られるものに限られています.
したがって,倍積問題のように3次方程式に帰着する作図問題は+−×÷√の演算を組み合わせても解けません.角の3等分問題は,aの値によっては定規とコンパスのみで3等分できる角が無数にあると同時に,3等分できない角もまた無数にあることを示しています.モーリーの定理「任意の三角形において,各内角の3等分線の隣同士の交点を結んで得られる三角形は正三角形である.」この驚くべき定理が20世紀にいたるまで発見されなかった理由も,角の3等分問題は解けないことが判明していたところにあるのでしょう.また,円積問題は2次方程式に帰着しますが,√πがコンパスと定規で作図できたとすると,その平方であるπも同様に作図可能ということになります.しかし,πは超越数ですから√πも超越数なのです.したがって,√πは代数方程式の解とはなりえず,円積問題も作図不能となるのです.
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【2】コンパスと標識定規による作図
ところが,標識定規を追加して用いれば3乗根を求めたり角を三等分する事が可能になります.コンパスと標識定規による作図は2次,3次,4次方程式を解くことと同値になるのです.(コンパスと標識定規による作図はまた,五次方程式が根の公式を使って解けないことと同値というわけで,コンパスと標識定規による角の五等分は可能でない.)
正多角形の作図は円周等分問題という幾何学問題ですが,x^n−1=0という代数方程式の解と密接な関係にあります.定規とコンパスだけで正3角形,正4角形,正6角形,正8角形が作図できることは簡単にわかりますが,正5角形の作図は黄金比と関連していて,2次方程式:x^2−x−1=0を解く,すなわち(√5+1)/2を求めることによって可能となりました.ギリシャ人は黄金分割を用いた見事な方法で正五角形の作図に成功したのですが,この方法は二次方程式の幾何学的解法を利用した賢明な方法といえます.
となれば,次に正7角形・正9角形の作図は?と考えるのは自然な成り行きでしょう.ところが,かのアルキメデスでさえも正7角形・正9角形の作図に成功しなかったといわれています.また,内接正多角形の作図は画家であり建築家であるレオナルド・ダ・ヴィンチの関心を惹きました.しかし,彼でさえ近似的な内接正七角形の作図を正確なものと思っていたようです.
正7角形,正9角形はそれぞれ3次方程式:x^3+x^2−2x−1=0,x^3−3x+1=0に帰着しますから,コンパスと標識定規を用いると,正7角形,正9角形の作図は可能になります.
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【3】ガウスを越えて
1796年、ガウスは19才のときに正17角形の作図を思いつき,のみならず,nが素数の正n角形について,n=2^2^m+1が素数のとき(あるいは互いに異なるフェルマー素数の積のとき)に限り定規とコンパスだけで作図可能であることを発見しています.
コンパスと標識定規による作図の場合は
n=2^a3^b+1
に限り,標識定規とコンパスで作図可能であることが示されています.したがって,
[1]n=7,9,13,19 → 作図可能
[2]n=11 → 作図不可能
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