■もうひとつのディリクレ積分

 正弦積分とは,シンク関数の積分

  Si(x)=∫(0,t)sint/tdt

       =x−x^3/3・3!+x^5/5・5!−・・・

として定義される特殊関数(初等関数によって表し得ない関数)である.

 また,その特殊値

  Si(∞)=∫(0,∞)sint/tdt=π/2

はしばしばディリクレ積分と呼ばれるが,この他にもディリクレ積分と呼ばれる積分がある.

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【1】ディリクレ分布(多変量ベータ分布)

 ベータ関数を多変数化すると,ディリクレの積分公式

  ∫x1^(p1-1)・・・xm^(pm-1)(1−x1−・・・−xm)^(q-1)dx1・・・dxm

 =Γ(p1)・・・Γ(pm)Γ(q)/Γ(p1+・・・+pm+q)

が得られます.

 →[参]高木貞治「解析概論」岩波書店,p359

 ここでは一般的な形で与えましたが,たとえば,3次元空間において座標面と平面x+y+z=1とで囲まれた四面体Kを積分区域とすると

  S=∫∫∫(K)x^(p-1)y^(q-1)z^(r-1)(1−x−y−z)^(s-1)dxdydz

   =Γ(p)Γ(q)Γ(r)Γ(s)/Γ(p+q+r+s)

になるというわけです.

 コラム「定数項予想入門」において,ディクソンの恒等式の拡張が

  Σ(-1)^j(a+b,a+j)(b+c,b+j)(c+a,c+j)=(a+b+c)!/a!b!c!

であることから,ダイソンは

  Π(1−xk/xj)^aiの定数項=(a1+a2+・・・+an)!/a1!a2!・・・an!

なる予想(ダイソンの定数項予想)にたどりついたことを解説しましたが,

  n!=Γ(n+1)

より,これとよく似た形で表されることがおわかりいただけるでしょう.

 積分すると1になるように規格化したものがディリクレ分布で,x1,x2,・・・xm-1,xmが独立でそれぞれ自由度2θiのカイ2乗分布にしたがうとして,

  xm=1−Σxi,yi=xi/Σxi

とおくと(y1,・・・,ym-1)の同時確率密度関数は

  f(y1,・・・,ym-1)=Γ(Σθi)/ΠΓ(θi)・Πyi^(θi-1)

 このm−1次元分布をディリクレ分布と呼びます.m=2のときがベータ分布であって,ベータ分布の多次元化とみなすことができます.また,ディリクレ分布の周辺分布はベータ分布になります.

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【2】ミンコフスキーの数の幾何学(ディリクレ積分の応用)

 ミンコフスキーはアインシュタインの先生として有名で,相対論における基本概念はミンコフスキーにその起源をたどることができます.彼は数論家として出発しましたが,研究を進めるにしたがって次第に幾何学に興味を惹かれるようになり,幾何学的方法を用いて数論を研究する「数の幾何学」と呼ばれる新しい数学分野を打ち立てました.

 格子点定理が数の幾何学の基礎となっているのですが,格子点定理は次のように述べることができます.

 「平面(n次元空間)上の任意の単位格子において,1つの格子点を中心として1辺の長さが2の正方形(面積4の平行四辺形,面積2^nの中心対称な凸体)を任意の向きにおいてみると,内部あるいは境界上にもうひとつの格子点が必ず存在する.」

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 n本のベクトルで張られる平行2n面体の体積について述べておきます.写像:y=Axによって,単位直方体は平行2n面体に写像されるものとすると,この写像のヤコビアンはJ=|A|となります.また,グラミアン

  G=|A|^2

が成立しますから,平行2n面体のn次元体積は

  |G|^(1/2)=|A|

で与えられます.

 したがって,ミンコフスキーの定理から,

  (中心対称凸体の体積)>2^n|A|

ならば,内部あるいは境界上に格子点が必ず存在することになります.

 一般に,R^s×C^tにおいて,直方体領域

  B={|x1|≦c1,・・・,|xs|≦cs,|xs+1|^2≦cs+1,・・・,|xs+t|^2≦cs+t}

の体積は

  vol(B)=∫(-c1,c1)dx1・・・∫∫(u^2+v^2≦cs+1)dudv・・・

        =(2c1)・・・(πcs+1)・・・=2^sπ^tΠci

 また,正八面体領域

  B={|x1|+・・・+|xs|+2|xs+1|+・・・2|xs+t|≦ρ}

の体積は,n=s+2t,xs+j=rjexp(iθj)とおくと,

  dudv=rdrdθ

ですから,

  vol(B)=∫(B)dx1・・・r1dr1dθ1・・・

        =2^s(2π)^t∫r1・・・rtdx1・・・dx2dr1・・・drt

 ここで,ディリクレの積分公式

  ∫x1^(p1-1)・・・xm^(pm-1)(1−x1−・・・−xm)^(q-1)dx1・・・dxm

 =Γ(p1)・・・Γ(pm)Γ(q)/Γ(p1+・・・+pm+q)

より,

  vol(B)=2^s(π/2)^tρ^n/n!

と計算されます.

 そして,この格子点定理をn次の代数体に応用すると,ミンコフスキーの定数

  M=(4/π)^rn!/n^n√|D|

が得られます.

 Mは領域Bに含まれる格子点の個数を与えてくれる定数なのですが,これより,2次体のミンコフスキーの定数は,D>0(実2次体)の場合,n=2,r=0とおいて

  M=1/2√D

D<0(虚2次体)の場合,n=2,r=n/2とおいて

  M=2/π√-D

によって与えられます.

 この定理は非常に単純であるにもかかわらず,他の方法では解決することのできなかった数論における多くの問題を解明したのですが,格子点定理を用いると,初等的な定理,たとえば,

  「4k+1の形の素数はx^2^+y^2の形に書ける」

  「6k+1の形の素数はx^2^+3y^2の形に書ける」

  「8k+1の形の素数はx^2^+2y^2の形に書ける」

なども証明することができます.2次形式の理論が発展していく段階では,ミンコフスキーが非常に大きな貢献をしていて,格子点の幾何学はミンコフスキーの「数の幾何学」に端を発するのです.

[補]ミンコフスキーの公式(1905年)をハール測度という位相群上で定義された測度でもって,1種の体積計算に持ち込むと

  vol(SL(n,R)/SL(n,Z))=Πζ(k)  (k=2~n)

で表される.

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【3】セルバーグ積分

 ベータ関数の多重積分版として,セルバーグは次の積分公式を得ました.

  ∫(0,1)・・・∫(0,1)Πti^(x-1)(1−ti)^(y-1)Π|ti−tj|^(2z)dt1・・・dtn

  =ΠΓ(x+(j-1)z)Γ(y+(j-1)z)Γ(jz+1)/Γ(x+y+(n+j-2)z)Γ(z+1)

 左辺にある

  Δn(t)=Π(ti−tj)

は差積ですから,電子の励起状態や原子核のエネルギー準位に関連していることが想像されます.

 差積はファンデルモンド行列式に等しく,

  Δn(t)^(2k)=Π|ti−tj|^(2k)=Σc(α1,・・・,αn)t1^α1・・・tn^αn

のようにtについての対称式に展開することができます.ここで,c(α)=c(α1,・・・,αn)は整数です.

 また,左辺の

  ∫(0,1)ti^(x-1)(1−ti)^(y-1)dti=Γ(x)Γ(y)/Γ(x+y)

はベータ関数であり,これより

  S=Σc(α1,・・・,αn)ΠΓ(x+αj)Γ(y)/Γ(x+y+αj)

   =c(z)ΠΓ(x+(j-1)z)Γ(y+(j-1)z)/Γ(x+y+(n+j-2)z)

 積分Sの被積分関数がt1,・・・,tnについて対称であることから,n次元超立方体[0,1]^nをn!個の単体に分割して

  S=n!∫(0,1)∫(tn,1)∫(tn-1,1)・・・∫(t2,1)Δn(t)^(2k)Πti^(x-1)(1−ti)^(y-1)dt1・・・dtn

 これらの結果を併わせると

  c(z)=Γ(jz+1)/Γ(z+1)

となり,セルバーグの積分公式が証明されます.

 →[参]三町勝久「ダイソンからマクドナルドまで」群論の進化・第4章,朝倉書店

 セルバーグ積分は久しく忘れられていたのですが,近年になってにわかに注目されるようになりました.1つにはランダム行列の分配関数の明示的公式を与えること,1つには2次元共形場理論における頂点作用素の表示を与えるのに有効なこと,また1つにはA型帯球関数である直交多項式に深いつながりがあることがわかってきたからだそうです.セルバーグ積分の応用については,これから先はよくわからないのでやめておきます.生兵法はけがのもと・・・.

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