■アダマール行列の幾何学的意味合い

 +1,−1を成分とする直交行列(アダマール行列とよばれる)は,FFT(高速フーリエ変換)の基本原理とも関係しているのであるが,全く無関係に見える幾何学的意味合いをもっています.

 n次元超立方体の頂点をうまく結んで正軸体を作ることはできる場合があります.正軸体は中心を通るn本の互いに直交する直線上に等間隔に点をとった合計2n点で作られます.したがって,座標(±1,±1,・・・,±1)(n次元ベクトル)の中からうまくn個の互いに直交する組が選べれば正軸体ができます.

 これはアダマール行列を作るのと同一で,nが4の倍数であることが必要条件になります.逆にnが4の倍数のとき,アダマール行列ができるか?は有名な未解決問題です(たぶんそうだろうと考えられ,かなり多くのnについて正しいことがわかっています).

 だから,nが4の倍数である場合にはうまく頂点を選んで正軸体ができる場合があります(n=4はもちろんだが,n=8など).

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【1】アダマール行列の直積

 アダマール行列Hnは+1か−1の要素をもつn×n行列で,その行と列は互いに直交している.各行または列のノルム(各要素の2乗和)はnであるから,  HnHn’=Hn’Hn=nIn

が成り立つ.

 最も簡単なアダマール行列は

  H2 =[1, 1]

     [1,−1]

である.すべての他のアダマール行列はn=4kであることが必要である.

 とくに興味深いのは「直積」

  H4=H2×H2(2^2×2^2行列),

  H8=H2×H2×H2(2^3×2^3行列),

  Hn=H2×H2×H2・・・(2^n×2^n行列)

によって,H2から得られるn=2^mのシルベスタ型のアダマール行列で,

     [1, 1, 1, 1]

  H4 =[1,−1, 1,−1]

     [1, 1,−1,−1]

     [1,−1,−1, 1]

     [1, 1, 1, 1, 1, 1, 1, 1]

     [1,−1, 1,−1, 1,−1, 1,−1]

     [1, 1,−1,−1, 1, 1,−1,−1]

  H8 =[1,−1,−1, 1, 1,−1,−1, 1]

     [1, 1, 1, 1,−1,−1,−1,−1]

     [1,−1, 1,−1,−1, 1,−1, 1]

     [1, 1,−1,−1,−1,−1, 1, 1]

     [1,−1,−1, 1,−1, 1, 1,−1]

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 なお,A(m×n行列)とB(m’×n’行列)の直積(クロネッカー積)は,2つの行列の各要素を直接乗じて作る(mm’×nn’)行列である.直積では第1項の各要素をその項と第2項との積で置き換えることによって定義される.

 両者の成分のすべての積を作り,各要素を(ci'j')=(aijbkl)において,

  i’=i+m(k−1)

  j’=j+n(l−1)

の式にしたがって並べると,

  1≦i≦m,1≦j≦n,1≦k≦m’,1≦l≦n’

より,

  1≦i’≦mm’,1≦j’≦nn’

 また,正方行列X(n×n行列)とY(m×m行列)の直積の固有値は,Xのn個の固有値とYのm個の固有値の積である.テンソルの数学的定義はそれが何であるかよりも座標変換に対していかに振る舞うかによって規定するから,理解しにくいかもしれない.

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【2】アダマールの定理

[1]トレースと行列式

 固有多項式の根と係数の関係より,トレース(対角線の項の和)=固有値の総和,すなわち,

  σ11+・・・+σmm=λ1+・・・+λm

が成り立つ.トレースは全固有値の和であり,行列式は全固有値の積:

  |Δ|=λ1*λ2*・・・*λm

なのである.

 なお,対角線の項の和=固有値の総和を使って

  σ11*・・・*σmm≧λ1*・・・*λm   (等号は対角行列のとき)

を証明する問題は,平行六面体の辺の長さ(の2乗和)

  σ11+・・・+σmm=λ1+・・・+λm

が一定のとき,その体積が最大になるのは直方体のときであるという1種の等周問題に帰着されます.

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[2]固有値の意味とアダマールの定理

 ところで,固有値は幾何学的に何に対応しているのでしょうか?→単位キューブを線型写像で変換したときの各辺の長さと思えばよい.そうすると,行列式=体積=固有値の積であることが分かる.

 すなわち,行列式はm=2なら平行四辺形の面積,m=3なら平行六面体の体積となります.これはm次元単体の体積のm!倍です.

 また,行列式は平行六面体の体積であり,直交行列の行列式が直方体の体積になるわけですから,

  Πσii≧|Δ|   (等号は直交行列のとき)

は,アダマールの定理「3辺の長さが与えられたとき,平行六面体の体積は直方体のときに最大となる」にほかなりません.

 アダマールの定理は,平行六面体の体積はノルムの積によって上から抑えられるという非常に興味深い事実を示しているのであって,ベクトルの内積はノルムの積より小さいというシュワルツの不等式の拡張であると見なすこともできます.

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【3】雑感

 「3辺の長さが与えられたとき,平行六面体の体積は直方体のときに最大となる」ことは自明のように思われますが,これにはアダマールの定理という歴とした名前がついています.

 アダマールの定理は,平行六面体の体積はノルムの積によって上から抑えられるという非常に興味深い事実を示しているのですが,平行六面体の体積は直方体のときに最大となるといっても,読者はアダマールの定理のありがたみを実感し「なるほど立派な定理だ」と思うでしょうか? きっと何だか当たり前のことを大袈裟にいっていると感じるだけでしょう.

 それでは,「すべての辺の長さが等しい平行六面体格子(菱形体格子)をつくってみると,辺が互いの60°の角度をなすようにしたとき,平行六面体の体積は最小値となる」ことは自明でしょうか?

 そこで設定されるのが,「単位格子群の2つの格子点の間の最小距離dminを最大にする格子群(極大格子群)を求めよ」というミニマックス問題です.この問題は「同じ半径の球をできるだけ稠密詰めるにはどうしたらよいか」という空間の球による充填問題と密接に関係しているのです.

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