■黄金比と白銀比による相補的空間充填

 立方体は単独で空間全体を格子状に埋めつくすことができる.単純立方格子状配置,すなわち角砂糖の箱の封を切ったときに見えるパターンについてはこれ以上説明するまでもないだろう.立方体以外の単一多面体による空間充填体としては,菱形十二面体や切頂八面体がよく知られている.両者はしばしば対比され,どちらも単独で空間充填可能な立体図形であるが,菱形十二面体が面心立方格子(立方体の8個の頂点と6個の面の中心に原子が配置されている構造)のボロノイ図(隣り合った2点を結ぶ線分の垂直二等分面を次々に引いていくことによりできる多面体パターン)であるのに対して,切頂八面体は体心立方格子(立方体の8個の頂点と重心に原子が配置されている構造)のボロノイ図となっている.立方体と菱形十二面体は白銀比1:√2と関係していて,白銀比による周期的空間充填の例と考えることができる.

 一方,黄金比1:φが関係する空間充填としては,5種類の黄金平行多面体による非周期的空間充填が知られている.これらはコクセターにより,A6(acute),O6(obtuse),B12(Bilinsky),F20(Fedrov),K30(Kepler)と名づけられていて,それぞれ3次元から6次元までの立方体の投影の外殻になっている.すなわち,黄金菱形をある方向に平行移動させたものがA6,O6であり,それをさらに平行移動させるとB12が,続いてF20が,最後にK30が生まれるというわけである.

 われわれは白銀比と黄金比が混在し,相補的に3次元空間を充填する図形を発見したので,本稿ではその新発見をレポートしたい.これまで知られていなかった空間充填例が見つかったことは奇跡的といってもよいだろう.要約を先にいうと,発見[1]はあるジョンソン・ザルガラー多面体を介することによって立方体(白銀比)と正12面体(黄金比)と正多角形面をもつ立体(ジョンソン・サルガラー立体)だけによる空間充填,発見[2]はカタラン立体の亜種を考えることによって,黄金比と白銀比に相補性を見いだしたというものである.

 黄金比と白銀比は対比されるばかりでこれまで接点が論じられたことがなかったが,黄金比と白銀比の接点と相補性が確認されたのである.

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【1】黄金比と白銀比

 まずは基本的な事項のおさらいから・・・.1辺の長さが1の正多角形を考える.正三角形は対角線をもたないが,正六角形には長さ√3と2の2種類の対角線がある.対角線の長さが1種類なのは正方形の√2と正五角形の(1+√5)/2に限られる(もうひとつの正方形と正五角形の特殊性).√2とφ=(1+√5)/2は1辺と対角線の長さの比である特別な値であって,それぞれ白銀比,黄金比と呼ばれている.

 つぎに縦横比が白銀比,黄金比の長方形を考える.白銀長方形を長辺を2等分するように2つ折りにすると,一回り小さな白銀長方形が現れる(白銀長方形の自己再生性).このことから白銀長方形は紙のサイズの規格になっている.一方,黄金長方形から正方形を取り除くと一回り小さな黄金長方形が現れてくる.黄金長方形も自己再現型図形としてよく知られている.

 この操作は無限に続けることができるが,このことは黄金比,白銀比がそれぞれ,無限級数

  1+1/φ+1/φ^2+1/φ^3+1/φ^4+・・・=φ^2

  1+1/2+1/2^2+1/2^3+1/2^4+・・・=2   (マラルディ)

無限連分数

  φ=[1:1,1,1,,1,・・・]   (フィボナッチ)

  √2=[1:2,2,2,2,・・・]

で表されることと同義である.

[補]正六角形の場合,辺と対角線の長さの比は1:√3,1:2となる.1:2はドミノや日本の畳の形であるが,細長すぎて安定しない形といえるかもしれない.1:√3には白金比という呼び名もあるらしい.

  1+1/3+1/3^2+1/3^3+1/3^4+・・・=3/2

  √3=[1:1,2,1,2,・・・]

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【2】正12面体と立方体とJ91による大域的空間充填

 われわれは正12面体が加わった空間充填形を発見した.それをシンボリックに書くと

  1立方体+1正12面体+3ジョンソン・ザルガラー多面体J91→J91空間充填

 立方体は白銀比,正12面体は黄金比に基づく立体であり,正12面体のように5回回転対称性を有する多面体が加わった空間充填形はこれまで発表されている空間充填形とは異なっている.また,ジョンソン・ザルガラー多面体J91(3^84^25^4)は4個の正五角形面,2個の正方形面,8個の正三角形面をもつ双月形双円形体として知られており,菱形12面体と同じ2回回転対称性をもっている14面体である.これは1:1:φの正四角柱を削ることによって作ることができる.

 体心立方格子の重心に正十二面体,8個の頂点に立方体を配置し(それぞれcubic symmetryをなすこの配置は結晶学では近似結晶と呼ばれる),そしてJ91の正三角形面を合わせるように直交3方向に繋いでいくと,立方体と正十二面体を完全に覆うことができる.すなわち,J91・立方体・正十二面体の3種類の立体を3:1:1で組み合わせると空間を隙間なくで充填することができるのである.

 また,1辺の長さがaの正十二面体の体積が

  (15+7√5)/4・a^3

であることから1辺の長さがaのJ91の体積は

  (17+9√5)/12・a^3

であることも計算される.

 正方形面からなる立方体は単独で空間充填可能であるが,正五角形面からなる正12面体は空間内に配列させるとどうしても隙間が残ってしまう.J91は立方体と正12面体を結びつける役割をしているのであるが,水と油というまったく異質のものを結びつける石けんにたとえてもよいであろう.

[Q]正多角形連結切断面による空間充填,すなわち,JZ多面体92種+正多面体+準正多面体のうち,何種類かを用いて空間充填できるものをすべて決定せよ.

に対しては

[A]途中経過であるが,J91充填は5回対称性多面体を含む唯一のJZ充填である.

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【3】黄金比と白銀比を逆転させた変形菱形十二面体と変形菱形三十面体による局所的空間充填

 菱形十二面体,菱形三十面体はいずれも準正多面体の双対ですから球に外接します(内接球をもちます)が,それ以外に共通点はないようにみえます.前者には立方体の性質が遺伝し,後者は正12面体の性質を受け継いでいます.

 ここで,菱形十二面体の白銀菱形を黄金菱形で,菱形三十面体の黄金菱形を白銀菱形で置き換えてみると,どのようなことが起こるのでしょうか? いままで余り見たことのない多面体と思われるのもそのはず,それらは平面とはならず,菱形を対角線で折り曲げた空間4角形を構成します.そうしないと閉じた多面体にならないからです.

 実際の形は黄金比二等辺三角形2枚で置き換えた24面体と菱形三十面体の黄金菱形を白銀比二等辺三角形2枚で置き換えた60面体になりますが,各々,対角線で折り曲げる方向(mountain fold, valley fold)から2種類の多面体,

(1)黄金菱形を長軸で山折りにしたm24面体

(2)黄金菱形を短軸で谷折りにしたv24面体

(3)白銀菱形を長軸で谷折りにしたv60面体

(4)白銀菱形を短軸で山折りにしたm60面体

の計4種類ができます.

 そして,おもしろいことに対角線の長軸方向で折り曲げられた2つの多面体(1)(3)において,m24面体の凸部はv60面体の凹部にはぴったりはまりこみます.その部分の二面角δを計算してみると,

  tanδ=−2(√5−√2)/3

より151.281°となって,両者は完全に一致します.すなわち,両者は相互補完的な関係にあることが判明したわけです.

 また,黄金菱形を長軸で山折りにしたm24面体(第2種)と白銀菱形を長軸で山折りにしたm60面体でも,

  tanδ=2(√5+√2)/3

で,二面角は67.661°となり一致します(どちらも山折り同士なのではめ込むことはできませんが・・・).

[補]対角線の長さの比がω=(7+√2−√5+√10)^1/2/2=1.52811の菱形を用いた凸24面体,凹60面体はぴったりはまりこみ,より空間充填に適した形になります.このとき二面角は

 tanδ=(−1+√2+√5−√10)/2

より165.641°となります.ω=1.52811を白銅比あるいは青銅比という名で呼ぶことを提案したいと思います.

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【4】雑感

 わが国の仏教寺院建築,たとえば大和の法隆寺は白銀比長方形の区画の上に建てられています.函館戦争で榎本武揚が立てこもった五稜郭には黄金比がみられますが,古代エジプトのピラミッドの底面の1辺の長さと高さの比や古代ギリシャのパルテノン神殿の外形にも黄金長方形が使われていることが知られています.

 黄金比は西洋人に愛される形,白銀比は東洋人に好まれる形といわれますが,実際,黄金比と白銀比は対比されるばかりでこれまで接点が論じられたことがなかったように思われます.西洋的・東洋的の対比はともかく,以上のような相補関係は気づきにくいものです.

 これまで知られていなかった黄金比と白銀比による相補的空間充填の例が見つかったことは奇跡的といってもよく,これこそ非常に単純だが深淵な数学的発見が今日なお可能である一つの例と考えられます.

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