■スターリングの公式の図形的証明?(その13)

 スターリング(Stirling)の公式

  n!〜√(2πn)n^nexp(−n)

は,階乗n!とその近似値として使われる公式として有名な漸近近似公式です.たとえば,n=8のとき相対誤差は約1%ですが,nが大きくなるほど相対誤差は小さくなります.

 スターリングの公式は面白い公式で,たとえば,

  n!/n^n 〜 √(2πn)/e^n

  1/n・2/n・・・(n−1)/n・n/n 〜 √(2πn)/e^n

として,全体のn乗根をとればk/nの相乗平均が大まかに1/eに近いことがわかります.

 この公式は2項分布の正規分布への収束を示すド・モアブル=ラプラスの定理の証明などに用いられます.この定理は中心極限定理の特別な場合に相当しています.スターリングの公式はいろいろな方法で導かれますが,本稿では図形的にスターリングの公式をどこまで近似できるかを示すことにします.

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【1】n次元正軸体の切頂

 n次元正軸体(cross polytope)を切頂して,すべての辺が同じ長さの「n次元切頂八面体」を作ることを考える.この多胞体は胞数2^n+2nの空間充填図形となる.正軸体を切頂する場合,すべての辺が同じ長さになるのはどんなときだろうか?

 n次元正軸体の頂点の座標は,標準単体の座標

  (1,0,・・・,0)

  (0,1,・・・,0)

  ・・・・・・・・・・・

  (0,0,・・・,1)

の±の組み合わせで与えられるから,基本単体の座標はk次元面の重心をとることによって,

  P0(1,0,・・・,0)

  P1(1/2,1/2,0,・・・,0)

  P2(1/3,1/3,1/3,0,・・・,0)

  ・・・・・・・・・・・・・・・・

  Pn-1(1/n,1/n,1/n,・・・,1/n)

  Pn(0,0,・・・,0)

[1]3次元の場合,x≧y≧z≧0なる点P(x,y,z)が与えられたとき,ずべての稜線の長さが等しくなるのは,z=0として,点P(x,y,0)からx=y平面,y=z平面までの距離を等しくとると

  (x−y)/√2=(y−z)/√2

 → x=2y,y=y,z=0  (切頂八面体)

 点P(x,y,0)のx=y平面に対する鏡映は(y,x,0)であるから,辺の長さは

  √2(x−y)=√2y

 これらは,x+y+z=1上の点であるから代入すると,3y=1

 → x=2/3,y=1/3,z=0

[2]4次元の場合は,w=0として,点P(x,y,z,0)からx=y平面,y=z平面,z=w平面までの距離を等しくとると

  (x−y)/√2=(y−z)/√2=(z−w)/√2

 → x=3z,y=2z,z=z,w=0

 点P(x,y,z,0)のx=y平面に対する鏡映は(y,x,z,0)であるから,辺の長さは

  √2(x−y)=√2z

 これらは,x+y+z+w=1上の点であるから代入すると,6z=1

 → x=1/2,y=1/3,z=1/6,w=0

[3]一般には,S=n(n−1)/2として

 → x=(n−1)/S,y=(n−2)/S,z=(n−3)/s,・・・,w=0

となることが理解される.

 正軸体の頂点をトランケートして,辺の長さが等しくなるように調整するには頂点ベクトルP0Pnに垂直なn次元超平面を

  x=(n−1)/S=2/n

で切頂すればよい(n=3のときはx=2/3).なお,この超平面はnが偶数のとき,頂点Pn/2-1を通る.

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【2】不等式の図形的証明

 ここでは本稿の基になるアイディアを紹介したい.もとのn次元正軸体の1象限分(標準単体)の体積は1/n!.また,切頂後2個で1辺の長さ(2/n)の立方体ができるから,直ちに不等式

  2/n!≧(2/n)^n

  n!/n^n≦2(1/2)^n

が成り立つことがわかる.この不等式はk/nの相乗平均が大まかに1/2より小さいことを示している.

 この不等式は,スターリングの公式から明らかかもしれないが,図形的に示すことができることは面白いだろう.もし,この不等式を直接的に証明するならば

  n!≦2(n/2)^n

  n!/n^n≦1/2^n-1

  1/n・2/n・・・(n−1)/n・n/n≦1/2^n-1

であることを証明すればよい.

 左辺に対して,相加平均・相乗平均不等式を適用すると

  左辺≦(Σk/n^2)^n=((n+1)/2n)^n=1/2^n(1+1/n)^n

ここで,

  (1+1/n)^n

は増加数列で

  2≦(1+1/n)^n≦e

あることがいえるので,n!≦2(n/2)^nが証明されたことになる.

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【3】スターリングの公式の図形的近似式

 スターリングの公式にはπが出現しますが,ここではn次元切頂正軸体を超球近似することを試みます.球に相当するn次元の図形を超球と呼びます.n次元単位超球{x1^2+x2^2+・・・+xn^2≦1}の体積をVnとすると,V1=2(直径),V2=π(面積),V3=4π/3(体積)はご存知でしょう.また,単位超球の表面積Sn-1はnVn,半径rのn次元球の体積はvnr^n,表面積はnVnr^n-1となります.

 ここで,Vnは

  Vn=π^(n/2)/Γ(n/2+1)

で与えられます.この結果は,形式的に

  Vn=π^(n/2)/(n/2)!

と書くことができます. Γ(m+1)=m!

これより,半径rのn次元超球の超体積は

  Vnr^n=(πr^2)^(n/2)/Γ(n/2+1)

となります.

[補]ガンマ関数Γ(x)には,Γ(x+1)=xΓ(x)の関係があり,次のような漸化式が成り立ちます.

  Γ(x+1)=xΓ(x)=x(x-1)Γ(x-1)=・・・・

したがって,xが正の整数nのときには

  Γ(n+1)=n!

が成り立ち,ガンマ関数は階乗の一般形となっていることがわかります.階乗の解析的補間をしている関数がガンマ関数なのです.

  Γ(1)=1,Γ(1/2)=√π

また,Vn-2との漸化式

  Vn/Vn-2=2π/n

を用いると任意のnに対して

  nが奇数であればVn=2(2π)^((n-1)/2)/n!!

  nが偶数であればVn=(2π)^(n/2)/n!!

−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

 ここで,正軸体の内接球の体積

  π^(n/2)/Γ(n/2+1)・1/n^n/2

とn次元切頂八面体の体積

  1/2・(2/n)^n・2^n

の大小比較を行ってみたい.

 なお,

  正軸体の内接球の半径=1/√n=√n/n

であるから,n=4のとき,1/√n=2/nとなって,4次元切頂八面体(すなわち正24胞体)に内接する.しかし,n>5のとき

  1/√n>2/n

になって,内接球はn次元切頂八面体からはみ出すことが示される.

[1]偶数次元の場合(n=2k)

  1/2・{1/k}^2k・2^2k≒π^k/k!・1/(2k)^k

より,

  k!/k^k≒2(π/8)^k

 さらに,πe=8,539・・・より,

  k!/k^k≒2(1/e)^k

が示される.スターリングの公式は,nがおおきくなるにつれて

  n!/n^n〜√(2πn)exp(−n)

であるから,スターリングの公式に非常に接近した値が得られたことになる.

[2]奇数次元の場合(n=2k+1)

 ここまでくればスターリングの公式

  n!/n^n 〜 √(2πn)/e^n

の√nのオーダーを図形的に得る方法を考えたいものである.そこで,奇数次元(n=2k+1)の場合の正軸体の内接球と切頂正軸体の体積比較を考えることにする.

  π^(n/2)/Γ(n/2+1)=π^(k+1/2)/Γ((2k+3)/2)

=π^(k+1/2)/{(2k+1)/2・(2k−1)/2・・・√π)

=(2π)^k/(2k+1)!!

=(4π)^kk!/(2k+1)!

 また,内接球の半径は1/√nであるから,

  1/n^n/2=1/(2k+1)^(k+1/2)

  π^(n/2)/Γ(n/2+1)・1/n^n/2=(4π)^kk!/(2k+1)!(2k+1)^(k+1/2)

 一方,n次元切頂八面体の体積は

  1/2・(2/n)^n・2^n=2^4k+1/(2k+1)^2k+1

であるから,

  (2k+1)!/k!(2k+1)^kと(π/4)^k(2k+1)^1/2/2

の大小を比較することになるが,

  (k+1)/(2k+1)・(k+2)/(2k+1)・・・(2k+1)/(2k+1)〜(π/4)^k(2k+1)^1/2/2≒(π/4)^(n-1)/2・n^1/2/2・・・・・(1)

となって,√nのオーダーが得られていることがわかる.

 Stirlingの公式の大体の形は(n!/n^n+1/2・e(−n)がn→∞のときに一定の極限値をもつ)はいろいろな方法で導かれるが,その極限値を正しく√(2π)とするにはWallisの公式が不可欠のようである.実際,これまでの証明はすべてWallisの公式(ないしそれと同等の結果)を活用している.したがって,それを使うのは問題ないだろう.

  π^(n/2)/Γ(n/2+1)・1/n^n/2=(4π)^kk!/(2k+1)!(2k+1)^(k+1/2)

=(4π)^kk!/(2k)!(2k+1)^(k+3/2)

に対して,ウォリスの公式を適用すると

=π^k(πk)^1/2/k!(2k+1)^(k+3/2)

 これと,n次元切頂八面体の体積の

  1/2・(2/n)^n・2^n=2^4k+1/(2k+1)^2k+1

大小比較では,

  k!/(2k+1)^kと(π/16)^k(πk)^1/2/2(2k+1)^1/2

の比較になるが,

  1/(2k+1)・2/(2k+1)・・・k/(2k+1)≦(π/16)^k(πk)^1/2/2(2k+1)^1/2≒(π/16)^(n-1)/2((n−1)π/2)^1/2/2n^1/2・・・・・(2)

となる.

 (1)(2)をかけ合わせると

  n!/n^n〜(π/8)^(n-1)((n−1)π/2)^1/2/4=(π/8)^n(2(n−1)/π)^1/2

〜√(2n/π)(π/8)^n

となって,近似度が向上する.このあたりが限界であろう.

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【4】まとめ

 正軸体と切頂正軸体の体積比較によって,不等式

  n!/n^n≦2(1/2)^n

正軸体の内接球と切頂正軸体の体積比較によって

  n!/n^n≒2(π/8)^n

Wallisの公式を使って

  n!/n^n≒√(2n/π)(π/8)^n

が得られた.

 さらに,πe=8,539・・・より,

  (π/8)^n≒(1/e)^n

が示される.スターリングの公式には図形的近似が奏効するというわけである.図形的な方法では限界があるとはいえ,面白い結果と思う.

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