エンゲルの論文
ENGEL P.: The contraction types of parallelohedra in E5, Acta Crystallogr. A56, 491-496 (2000)を入手.1973年,バラノフスキーとリュシュコフは5次元原始的格子を222個も見つけているが,彼らの結果にはいくつか誤りがあり,この論文ではそれを修正している.
エンゲルといえば,本HPでも紹介した
ENGEL P.: Ueber Wirkungsbereichsteilungen mit kubischer Symmetrie, Zeitschr. Kristallographie, 154(1981), 199-215
ENGEL P.: Die Typen von Wirkungsbereichspolyedern in den symmorphen kubischen Raumgruppen, Zeitschr. Kristallographie, 157(1981), 259-275
で空間充填38面体を2タイプ構成しているが,その後,さらに2つの異なる38面体(タイプ3,タイプ4)の存在も示している.
そこで用いられたアイデアは,
[1]n次元空間の平行移動も回転運動も高々n+1個の鏡映の積として表すことができることが証明されている
[2]立方体の基本単体(4面体)となる1≧x≧y≧z≧0の領域内の点について鏡映変換の組み合わせを試行する
というものであった.
論文
ENGEL P.: The contraction types of parallelohedra in E5, Acta Crystallogr. A56, 491-496 (2000)ではどのようなアイデアが使われているのだろうか?
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[1]固有値・固有ベクトル
n次正方行列H={hij}に対して,ベクトルxと定数λが存在して,
Hx=λx
となるとき,この定数λを固有値,ベクトルxを固有値λに対する固有ベクトルといいます.すなわち,Hをかけることが単なる定数倍になるようなうまい方向xが行列Hの固有ベクトルであり,そのときの定数λが固有値です.
固有ベクトルとは,線形変換によって,方向が変わらないベクトルにほかなりませんし,その際の拡大・縮小率が固有値であると言い換えることもできましょう.
単位行列をEと書いて,
|H−λE|=0
を展開してλの次数の順に書き直すと,λについてのn次方程式(特性方程式)
pn(−λ)^n+pn-1(−λ)^n-1+・・・+p0=0
が得られます.ただし,
pn=1
pn-1=h11+h22+・・・+hnn=tr(H)
pn-r=Hの中のr次の主対角小行列式の和
p0=|H|
また,特性方程式のλにHを代入し,定数項は定数×Eとすることによってできる行列の多項式
pn(−H)^n+pn-1(−H)^n-1+・・・+p0E=O
が,ゼロ行列O(全成分が0の行列)に等しくなるというのが,「ケイリー・ハミルトンの定理」です.
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[2]固有値の性質
[1]と重複する項目もあるのですが,固有値の性質として知っておいたほうががよいと思われる基礎知識をいくつかピックアップして,以下に掲げておきます.
1)固有多項式の根と係数の関係より,トレース(対角線の項の和)=固有値の総和,すなわち,
h11+h22+・・・+hnn=λ1+・・・+λn
が成り立ちます.トレースは全固有値の和であり,大切な不変式になっています.
一方,行列式は全固有値の積と一致します.
|H|=λ1λ2・・・λn(=平行多面体の体積)
2)逆行列の固有値はもとの行列の固有値の逆数となる.
3)実対称行列の固有値は実数である.
4)実対称行列の異なる固有値に対応する固有ベクトルは直交する.
5)指数とは,対称行列を対角化したとき,対角成分のうち+のものがp個,−のものがm個あるとすると,その差:p−mのことであって,対称行列には指数(または符号数)と呼ばれる不変量が対応します.
行列Aの指数はAだけで決まり,対角化の仕方には依存しないことは,初等解析学の「シルヴェスターの慣性法則」で学んだとおりですが,これが空間の符号数の不変性なのです.
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[3]2次形式の標準化
さて,おおまかな用語の説明が済んだところで,行列の対角化によって,n次元楕円を標準化することを考えてみましょう.平行多面体はn次元楕円に内接すると考えられるからです.
n次元楕円
Σhijxixj=x’Hx=1
x’=[x1,x2,x3,・・・,xn]
を直交座標系(o:x1,x2,x3,・・・)での関数式で表すと交差項xixjが出現するため,取り扱いが厄介です.そこで,このn次元楕円が適当な座標変換により,別の直交座標系(O:X1,X2,X3,・・・)において,以下のような標準形
X1^2/a^2+X2^2/b^2+・・・+Xn^2/n^2=1
で表されるように変換するのです.
また,その際の座標変換の式を
[x1,x2,x3,・・・,xn]’=U[X1,X2,X3,・・・,Xn]’
X’=[X1,X2,X3,・・・,Xn]
すなわち
x=UX
とします.ここで(’)は転置行列を意味します.変数が2個ならば平面の回転,変数が3個ならば空間の回転となりますが,n変数の場合,Uは方向余弦を要素とするn×n次の直交行列になります.直交行列とは,n次正則行列Uの転値行列が逆行列となる行列のことです.
U’=U~
ここで,(~)は逆行列を表します.
直交行列Uを得て標準形に直するための定石が,固有値問題と呼ばれる線形代数の基本的な知識なのですが,それによると,対称行列Hの固有値を
λ1,・・・,λn
とすると,適当な座標の回転により,対角行列(対角要素以外はすべて0の行列)
Λ=diag(λ1,・・・,λn)
に変換されます.
対称行列は,直交行列によって対角行列に直せるというわけです.
x’Hx=X’U’HUX=X’U~HUX=X’ΛX=1
その際,
Λ=U~HU
の固有値はHの固有値と一致します.
以上の座標の回転によって,Σhijxixjは変数Xiに関する平方和ΣλiXi^2の形に変換されます.そして,Hが正定値(positive definite)対称行列のとき,すべての固有値は正であり,
λ1X1^2+λ2X2^2+・・・+λnXn^2=1
が成り立ちますから,n次元楕円の楕円半径は
a^2=1/λ1,b^2=1/λ2,・・・,n^2=1/λn
で表されることになります.
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【雑感】予備知識の中で重要な事実は,対称行列の固有値は実数であり,固有ベクトルは直交するということです.そして,対称行列を係数とする2次形式は固有ベクトルを基底とする座標系で表すと標準形になります.
対称行列でない場合は固有値が複素数になったり,重解のときにはジョルダン標準形になったりしますが,実際の問題ではほとんどが対称行列の場合の固有値問題が扱われます.
行列式は全固有値の積と一致します.
|H|=λ1λ2・・・λn(=平行多面体の体積)
このことは,固有多項式の根と係数の関係より簡単に証明されます.
同様に,固有多項式の根と係数の関係によって,トレース(対角線の項の和)=固有値の総和,すなわち,
h11+h22+・・・+hnn=λ1+・・・+λn
が成り立ちます.トレースは全固有値の和であり,大切な不変式になっています.
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