■2010年・わが闘争

 あらゆる学問は分類に始まるといっても過言ではありません.似通ったものを寄せ集め,ひとつのまとまりとして把握し,似ていないものから区別する.分類学とはある特徴に注目して種類をまとめていき,雑然としたものをスキのない整然とした体系に作り上げていく作業過程といえます.

 その際,瑣末な特徴にこだわって種類を細かく分ける細分主義と些細な差異は気にせず大まかな差異だけに注目し,委細かまわずまとめていく統合主義の間で常に流動し,最終的には折衷案に落ち着かざるを得ないところがあります.

 今年は例年以上に多くの記事をアップロードしたので,自分でも把握しきれないところがあるのですが,バックナンバーを見ながらおおざっぱに整理・分類していくことにします.

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【1】正多面体・平行多面体の元素定理

 「デーン不変量と二面角の幾何学」,「n次元の立方体と直角三角錐」はいずれも正多面体・平行多面体の元素定理を扱ったコラムである.

 正多面体元素定理では,3次元の場合の証明に使えた方法が4次元以上で使えるかというとそうではなく,発想の転換が必要になった.結論だけをいうと

  次元  正多面体数  元素数

   2    ∞     ∞

   3    5     4

   4    6     4

  ≧5    3     3

であり,3次元と4次元だけが元素数が正多面体数より減少する特殊な次元であることがわかった.

 一方,平行多面体の元素定理でも発想の転換が必要になった.3次元では1種類の元素(ペンタドロン)から5種類あるフェドロフ平行多面体をすべて構成することができた.結晶の骨格を形成するには3次元であることが都合がよいのであって,これは究極の万物創造原理といってよいほどうまくいきすぎている感がある.その理由は3次元では最大面数をもつプリミティブは1個(切頂八面体)だけだったからである.

 そのため,切頂八面体と立方体に共通する元素を探索すれば済んだのだが,4次元のプリミティブは3個,4次元のプリミティブは222個もある.3次元と違って一本道にはなっていないので,元素数の決定は困難であると思われる所以である.

 しかしながら,最小面数をもつ超立方体は次元に関わらず1種類であり,超立方体を利用して元素を構成することは可能である.そして,実際に構成することができたという要旨は秋山仁先生,一松信先生との共著論文としたことを申し添えておきたい.

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【2】初等幾何の楽しみ

 初等幾何学は角の二等分,辺の二等分に関する定理が多いのだが,たとえば,角の三等分によってモーリーの定理が発見されたことは有名であろう.それに対して,辺を3等分するとどうなるかは意外に知られていない.

 たとえば,平行四辺形の辺を3等分すると「3:4:5定理」が得られるのであるが,こんなところにも直角三角形に関係する3:4:5があるのかと驚かされた.辺分割の仕方によってはたとえば「7:5:3定理」であったり「α:β:γ定理」であったり,自分なりの定理が見つかるのではないかと思う.

 そう思っている矢先,円のもつ美しい性質を発見.点が円周上に等間隔に配置されているとき,隣り合う点同士を結ぶ,次に1つおきに結ぶ,そして2つおきに・・・と繰り返すと完全グラフができあがる.グラフ理論の研究対象にもなっているこの幾何学的模様に美しい性質が潜んでいることを発見できたのである.→コラム「n次元正多面体の辺と対角線」

 その性質とは基本的なものであるが,実は大学の数学科の先生でも知っている人はいない(たとえいたとしてもごくわずかである).オイラーの定理,フースの定理の拡張についてもまた然り.→コラム「初等幾何の楽しみ」

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【3】シェパード問題と不完全な定理

 シェパード問題とは,面正則多面体のなかでその展開図が平面充填性をもつものをすべて決定せよというものである.この問題については昨年の秋より取り組んできたが,最終的にいくつあるのか完全には決定できないままになっていた.最近,この問題は数セミの「エレガントな解答を求む」にも出題されたことから,ご存じの方も多いと思う.

 現在も完全ではないのだが,わかっていることをconjectureの形で論文投稿してみたいと考えている.シェパード先生との共著であるが,open problemとすることで新たな展開が生まれてくることを期待している.

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【4】5回回転対称立体と空間充填,平面充填5角形

 昨年のことになるが,プラトン立体,アルキメデス立体,カタラン立体,ケプラー・ポアンソ立体,コクセター・ペトリー立体に続く中川宏さんの仕事として,JZ立体を木工製作しようということになった.

 当初目標としたデルタ多面体の複体が完成したのちに目標に定めたのはJ91であった.J91は分解不可能なJZ立体の中で唯一解析的に座標を定めることができるからである.私の描いた設計図に従い,中川さんは見事なJ91を完成してくれた.

 どことなくβ14に似ていることから,中川さんが正十二面体+立方体+J91の3種類の多面体による空間充填を発見したとき,私は座標計算からすぐに真の空間充填であることを確認できたのだが,当初は誰も信じてくれなかった.それが奇跡の空間充填とわかるまでしばらくかかったようである.

 現在,3種類までの多面体による空間充填で,5回回転対称立体を含むのはこの組み合わせだけであることが証明されている.なお,中川宏さんは新種の平面充填五角形を探索中である.来年には発表できると思うので,乞うご期待.

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【5】カンタベリー・パズル

 1905年,英国王立協会において,デュドニーはマホガニー板の断片が真鍮のはと目でつながれた幾何学パズルの実演を行った.正三角形を4つに切断して正方形を作るパズルはあっというまに正三角形と正方形が交代する見事な仕掛けで,専門の数学者たちもあっと驚き,デュドニーのセンスを賞賛したという.

 この図形分割と再構成の問題は,ボヤイ・ゲルヴィンによる等積多角形の分解合同定理(1833年)に基づいたもので,著書"Canterburry Puzzle"に書かれていることからカンタベリー・パズルとも呼ばれる.

 カンタベリー・パズルはデュドニーの代表作である.今年,中川宏さんはその変種を多数製作された.また,カンタベリー・パズルを基に歯車付き作品に昇華したのは,東海大学芸術工学部の山口康之先生である.山口先生はカンタベリー・パズル以外ににも多数の変身図形の木工製作を手がけられておられるから,機会があったら,山口先生ご自身に解説していただきたいと考えている.

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【6】数学愛好者たち

 私のHPは数学愛好家にも門戸を開放している.今年投稿してくれたのは中川宏さんのほかに,金原博昭さん(黄金比・白銀比),阪本ひろむさん(数式処理・数値計算),佐竹正雄さん(木工多面体),島袋清さん(代数),杉本明秀さん(ゼータ),杉岡幹生さん(ゼータ)の諸氏である(アルファベット順).

 このコラムが幾何学だけに偏らない配慮からであるが,庇を貸して母屋を取られないように私自身も精進するしかない.

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