8次元のE8格子に引き続いて,今回のコラムでは24次元のリーチ格子について述べてみたいと思いますが,それに先だって,8次元と24次元の特殊性について触れることにします.
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【1】8次元と24次元の特殊性
n次元ユークリッド空間において,1つの単位球に同時に接触することのできる単位球の最大個数τnの正確な値を決定する問題は大変難しく,2003年になって,ようやくロシアの数学者ミュージンよりτ4=24であることが証明されています.
専門的になりますが,τ8の240個の点はE8型の単純リー代数の240個のルート格子で実現されます.また,1965年,リーチは群論と深く結びついた今日リーチ格子として知られるようになったものに基づいて,24次元空間の格子状詰め込みを構成しました.この詰め込みにおいては,なんと1つの超球に196560個もの超球が接触しています.τ24の196560個の点はリーチ格子の原点から一番近い点の集合として得られることが知られています.また,n=24のとき,ランダムな配置まで含めてもリーチ格子が唯一最密な球の詰め込みを与えることが証明されています(コーン,クマール:2004年).
つまり,8次元と24次元は,接吻数が計算できる特殊な次元なのであり,都合のいい格子(8次元の場合,格子にはE8,24次元の場合,リーチ格子という名前が付いている)がひとつに決まるので,格子上に球を配置することによってすぐに接吻数を数えることができるというわけです.
なぜ8次元空間と24次元空間は特別な次元なのか,という真の理由は現在でも完全にはわかっていません.コラム「デーン不変量と二面角の幾何学(その29)」では,√(n+1)が整数のとき,すなわち,
n=8,15,24,35,48,63,80,99,120,・・・
などでは,正多胞体の元素数は≧2である可能性があることになることを述べましたが,
8=3^2−1
24=5^2−1
であることがら,特別な次元は(素数)^2−1かもしれません.
5次元以上の高次元については,高度に対称的な格子状配置になっている8次元(240個)と24次元(196560個)の場合を除いて未解決であり,現在,正確な値が知られているのは,
τ1=2,τ2=6,τ3=12,τ4=24,τ8=240,τ24=196560
の6つだけなのです.
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【2】24次元リーチ格子
球の最密パッキングの研究は,2次形式の数論,ルート系,誤り訂正符号(応用代数学),有限単純群などの理論と関係し,最大の信頼性と最小の電力で伝送できる効率的な通信システムの設計に応用されています.
とくに,24次元リーチ格子:Λ24の発見により,データ転送における誤り訂正符号の発見に大革新がもたらされましたが,通信技術への応用は球の詰め込み問題の四次元以上への一般化の結果としてなされたものであり,純粋数学の期待せざる応用の一例といってもよいでしょう.
多くの符号系がガロア代数体から得られるのですが,パリティビットを加えて24ビットにした符号系を使用すると,3個までの誤りが訂正できる符号系ができあがります.
24ビット符号系を使用する場合,符号語12ビット+検査11ビット+パリティ1ビットですから,2^12=4096語を使用することができます.
1)符号語0に対しては全0
2)符号語1に対しては
000000000001|01000111011|1
この場合の検査ビットは,左からb10,b9,・・・,b1,b0とし,bkは素数11に対して平方剰余のとき1,平方非剰余のとき0とする.また,パリティビットは全体で1が8個となるようにする.
3)符号語2^k(k=1~10)に対しては,末尾のパリティビットはそのままにして,残りの23ビットをそれぞれ左にk-1桁巡回シフトとする.
4)左端が0の符号語(0~2047)に対しては,左側を2進数と考えて,3)で作った符号を各ビットごとに排他的論理和をとる.
5)左端が1の符号語m(2048~4095)に対しては,その補数4095-mに対して4)で作った符号の各ビットを反転させる.
このようにすると,全0と全1を除いた4094語の符号は1が8個,12個,16個のいずれかであり,相異なる2個の符号は少なくとも8ビットが異なるようにすることができます.
この考え方が24次元リーチ格子の場合にも有用となり,リーチは1967年に構成した極めて密な格子を構成しました.これがリーチ格子で,1969年,コンウェイはこれを利用して「コンウェイ群」と呼ばれる散発単純群を構成しています.これがさらに1973年,「モンスター」と命名・愛称された散在型有限単純群の誕生に結びつきました.
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【3】ラマヌジャン数とリーチ格子
以下では1/2,1/4などの分数を避けるために全体を8倍して成分をすべて整数としますが,これにより点間のノルムはすべて16の倍数となります.したがって,原点からの距離が√16nである点が第n層です.
n=1(第1層)の点は存在しません.n=2(第2層)が24次元の球の最大接触数であり,点の総計は
196550=65520×3
で与えられます.この値を与えるS^23上の球の配置もE8格子同様,本質的に1通りであることが証明されています.
n=3(第3層)の点の総計は
16773120=65520×256
で,一般に第n層の点数は
65520=16×4095
の整数倍(an)となります.
E8格子では格子点の個数はσ3(n)と関係していましたが,リーチ格子の場合,nの約数の11乗の総和σ11(n)と関係し,
65520(σ11(n)−τ(n))/691≒95σ11(n)
τ(n)はラマヌジャン数
となることが知られています.リーチ格子もアイゼンシュタイン級数と関係しているというわけです.
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ラマヌジャンは,デデキントのイータ関数(重さ1/2をもつモジュラー関数)
η(z)=q^(1/24)Π(1-q^n),q=exp(2πiz)
とおくと
Δ(z)=η(z)^24=qΠ(1-q^n)^24=Στ(n)q^n
zは虚部が正の複素数で,q=exp(2πiz)
を考え,そのフーリエ係数τ(n)を計算しました.
τ(1)=1,τ(2)=-24,τ(3)=252,τ(4)=-1472,τ(5)=4830,τ(6)=-6048,
τ(7)=-16744,τ(8)=84480,τ(9)=-113643,τ(10)=-115920,
τ(11)=534612,τ(12)=-370944,・・・
無限積をベキ級数に展開した式(フーリエ展開)が登場しましたが,このΔ(z)は,重さ12の保型形式
Δ(az+b/cz+d)=(cz+d)^12Δ(z)
と呼ばれるものになっていて,オイラーの五角数公式を拡張した24乗版と考えられます.
ラマヌジャン数は,オイラーの分割数のアナローグであり,
(1)mとnが素ならば,τ(m)τ(n)=τ(mn)
τ(2)*τ(3)=-6048=τ(6),τ(2)*τ(5)=-115920=τ(10)
τ(3)*τ(4)=-370944=τ(12),τ(2)*τ(9)=2727432=τ(18)
τ(4)*τ(5)=-7109760=τ(20),τ(3)*τ(7)=-4219488=τ(21)
(2)τ(p^(n+1))-τ(p^n)τ(p)=-p^11τ(p^(n-1))
(3)τ(n)=σ11(n)(nの約数の11乗の総和) (mod 691)
など驚くような性質をもっています.
したがって,
(σ11(n)−τ(n))/691
は整数となるのですが,このようにフーリエ係数がnに関して乗法的性質をもつ保型形式はヘッケ固有形式と呼ばれるもので,ここでもσ11(n)や691が現れていることに注意して下さい.
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