数学のコラムを書くとき「黄金比」の話は必ず期待されるテーマで,お約束・お決まりのようになっていますが,多くの建築に黄金比が見られるなどの仮説は多分に神秘的な思想から導かれ,完全な調和の象徴のごとき意味をもたせようとした信憑性に疑念のある話題であることも否定できません.たとえば,わが国の仏教寺院建築,たとえば大和の法隆寺は白銀比長方形の区画の上に建てられている.古代エジプトのピラミッドの底面の1辺の長さと高さの比や古代ギリシャのパルテノン神殿の外形にも黄金長方形が使われている等々.
ところで,鎌倉の金原博昭さんは黄金比と白銀比の相補性の研究をされています.とくに黄金菱形と白銀菱形による3次元空間相補性はこれまで知られていなかったものと思われます.→コラム「結晶と準結晶の幾何学」参照
黄金比に関してはこれまでに多くの研究がなされていますが,白銀比についてはまだ何か新発見が期待できるかもしれません.そこで,金原さんは黄金比のフィボナッチらせんに相当するものが白銀比にもあるのではないかと考えました.今回のコラムでは金原さんに教えていただいた対応物,これは確実にいえるテーマでもあるのですが,そのことに絞って取り上げたいと思います.
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【1】黄金らせん
黄金長方形から正方形を取り除くと一回り小さな黄金長方形が現れてきます.このことを繰り返し行えば対数らせんが現れますが,この曲線は自然界ではオーム貝などの形にみられ,自己相似的な成長過程を表す理想的な曲線とされています.
今度は逆に1辺の長さがフィボナッチ数列の正方形をらせん状に加えていきます.最初の2つの正方形は1辺の長さが1で,そこに1辺の長さが2の正方形,引き続いて1辺の長さが3,5,8,13,21,・・・.すると,優美な対数らせんが現れてきますが,このらせんはほぼ黄金比で外に広がることになります.
これらの操作は無限に続けることができるが,このことは黄金比が,無限級数
1+1/φ+1/φ^2+1/φ^3+1/φ^4+・・・=φ^2
無限連分数
φ=[1:1,1,1,,1,・・・]
で表されることと同義です.
フィボナッチ数列では正方形をらせん状に並べましたが,次に黄金三角形をらせん状に並べてみましょう.黄金三角形とは斜辺と底辺の長さの比がφ:1の二等辺鋭角三角形(底角72°,第1種)あるいは斜辺と底辺の長さの比が1:φの二等辺鈍角三角形(底角36°,第2種)のことをいいます.正五角形は第1種黄金三角形1つ,第2種黄金三角形2つに分割されるというわけです.また,第1種黄金三角形は第1種1つ,第2種1つに分割できることに注意しておきます.
第1種黄金三角形と第2種黄金三角形を交互に組み合わせてもおおよそ対数らせんを描きます.これを「妙法らせん」と呼ぶのだそうですが,「黄金らせん」も「妙法らせん」も「対数らせん」です.対数らせんは等角らせんと呼ばれることもあります.半径がつねに曲線と一定の角度をなしているからです.また,サイクロイドの伸開線はそれと合同なサイクロイドですが,対数らせんの伸開線もそれと合同な対数らせんになります.
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【2】白銀らせん
白銀らせんの話に移る前に,まずは基本的な事項のおさらいから・・・.1辺の長さが1の正多角形を考えます.正三角形は対角線をもちませんが,正六角形には長さ√3と2の2種類の対角線があります.対角線の長さが1種類なのは正方形の√2と正五角形の(1+√5)/2に限られます.√2とφ=(1+√5)/2は1辺と対角線の長さの比である特別な値であって,それぞれ白銀比,黄金比と呼ばれています.
つぎに縦横比が白銀比の長方形を考えます.白銀長方形を長辺を2等分するように2つ折りにすると,一回り小さな白銀長方形が現れます.このことから白銀長方形は紙のサイズの規格になっているのですが,黄金長方形と同様,白銀長方形も自己再現型図形としてよく知られています.
この2つ折り操作は無限に続けることができますが,このことは白銀比が無限級数
1+1/2+1/2^2+1/2^3+1/2^4+・・・=2
無限連分数
√2=[1:2,2,2,2,・・・]
で表されることと同義です.
白銀長方形をらせん状に並べていくと対数らせんが現れてきます.この対数らせんは「フィボナッチらせん」に対して「マラルディらせん」と呼ばれますこれが.黄金比のフィボナッチらせんに相当する対応物というわけです.
また,黄金三角形に対応する白銀三角形も自己再現型図形であることが要求されますが,それは正方形の半分の直角二等辺三角形(斜辺と底辺の長さの比1:√2)であることははすくわかります.この図形はレプタイルであって,限りなく半折りを続けても必ず相似形の直角二等辺三角形になります.白銀三角形を最初の2つの三角形は1辺の長さを1,次のは1辺の長さが√2で,そのあとは2,2√2,4,4√2,8,8√2,16,16√2,・・・.このように組み合わせてもおおよそ対数らせんを描きます.
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【3】まとめ(対数らせん)
金原さんの考察をまとめておきましょう.対数らせんr=B^θにおいて,
[1]フィボナッチらせん:B=φの2/π乗 (θがπ/2進む毎にrの値がφ倍になる)
[2]マラルディらせん:B=√2の2/π乗 (θがπ/2進む毎にrの値が√2倍になる)
[3]妙法らせん:B=φの5/3π乗 (θが3π/5進む毎にrの値がφ倍になる)
[4]白銀妙法らせん:B=√2の4/π乗 (θがπ/4進む毎にrの値が√2倍になる)
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