(その17)で扱った問題は「3次元では正四面体と正八面体の二面角が直角と有理比の補角(180°)になる.4次元では正16胞体,正24胞体の二面角が120°,正5胞体と正600胞体の二面角が直角と有理比の補角(240°)になる.それでは,5次元以上の正多胞体ではどうだろうか?」というものである.
(その10)では,n(≧5)次元の正多胞体元素定理を証明したが,このことを確認しない限り証明には不備があると思われから問題にしたわけである.そのときはこれ以外にはないという結論に至ったのであるが,8次元正多胞体で反例が見つかった.
===================================
【1】5次元以上の正多胞体
5次元以上の空間では3種の正多胞体しかない.そのうち,正2n胞体の二面角はつねに90°であるが,5次元以上の空間では正n+1胞体の二面角は
cosδ1=1/n,sinδ1=√(n^2−1)/n
正2^n胞体の二面角は
cosδ2=−(n−2)/n,sinδ1=(2√(n−1))/n
であり,二面角はnとともに増加しそれぞ90°,180°に近づく.
反例というのは,8次元においてδ1+2δ2=360°というものであるが,2種の二胞角で,その和が360°になり,空間充填形を構成できるのは,n≧5のときは8次元の場合だけである.
n δ1 δ2 δ1+2δ2
2 60.0001 90.0001 240
3 70.5288 109.471 289.471
4 75.5226 120 315.522
5 78.4631 126.87 332.203
6 80.406 131.81 344.027
7 81.7868 135.585 352.956
8 82.8193 138.59 360
arccos(1/8)+2arccos(−6/8)
=arccos(1/8)+2π−arccos(1/8)=2π
となって,解析的にも確かめられた.
証明したつもりで安心してはいたのであるが,有理比どころか整数比となるような反例が見つかったことは衝撃的であった.なぜなら,これらが有理比にならないことを保証しているのが正多胞体元素定理であるからである.
===================================
【2】n(≧5)次元の正多胞体元素定理・再考
正n+1胞体 → cosδa=1/n,sinδa=√(n^2−1)/n
正2n胞体 → cosδb=0,sinδb=1
正2^n胞体 → cosδc=−(n−2)/n,sinδc=2√(n−1)/n
より,
u=1/n+√(n^2−1)/ni
v=i
w=−(n−2)/n+√(n−1)/ni
とおく.|u|=1,|v|=1,|w|=1
3種類の正多面体での分解合同(分解相似?)の関係式
n1δa+nδb+n3δc≠kπ
n1δa+nδb+n3δc≠0 (mod π)
は,δb=π/2より,
N1δa+N2δc≠0 (mod π)
とより簡潔に書くことができる.
u=1/n+i√(n^2−1)/nについては,
u−1/n=i√(n^2−1)/n
より,uは2次方程式nu^2−2u+n=0の解である.
nu^2=2u−n
n^2u^3=2nu^2−n^2u=2(2u−n)−n^2u
=(4−n^2)u−2n
帰納法により
n^m-1u^m=a1u+b1 (a1≠0,b1=0 mod n)
を示すことが出来る.
同様に,w=−(n−2)/n+2√(n−1)/niについては,
w+(n−2)/n=i2√(n−1)/n
より,wは2次方程式nw^2+2(n−2)w+n=0の解であり,
n^m-1w^m=a2w+b2 (a2≠0,b2=0 mod n)
がいえる.
ここで,複素数の積
Z=n^N1-1u^N1・n^N2-1w^N2
を考える.複素数の掛け算は偏角の足し算に対応し,実数n^N1-1,n^N2-1の偏角はすべて0であるから,Zの偏角
Arg(Z)=Arg(u^N1・w^N2)=Arg(u^N1)+Arg(w^N2)
がnπにならないこと,すなわち,u^N1・w^N2の虚部
Im(u^N1・w^N2)
が0にはならないことがいえればよいことになる.
結局
Z=(a1u+b1)(a2w+b2)=Re+Imi
Im≠0
a1≠0,b1=0 (mod n)
a2≠0,b2=0 (mod n)
に帰着されれば,N1δa+N2δcは有理係数で線形独立であり,必要な原子が最低3種類という結論が主張できることになる.
Im=√(n−1)/n^2{2a2(a1+b1n)+a1(−a2(n−2)+b2n)√(n+1)}
と展開され,Im≠0ならば,n(≧5)次元の正多胞体の元素数は≧3であることがいえるが,√(n+1)が整数のとき,すなわち,
n=8,15,24,35,48,63,80,99,120,・・・
などでは,正多胞体の元素数は≧2である可能性があることになる.
8次元,24次元という数字にどのような意味があるかというと,実はこの2つの次元はかなり特別な意味をもっていて,高度に対称的な格子状配置になっているため接吻数(τ8=240,τ24=196560)が計算できる特殊な次元なのである.実際に,8次元空間ではδ1+2δ2=360°に対応する空間充填形を2個の正軸体と1個の正単体を組み合わせて構成することができる.
===================================
【3】幾何学的な事情
n≠8,15,24,35,48,63,80,99,120,・・・では,正多胞体の元素数は≧3であるが,それ以外では元素数は≧2である可能性を述べた.しかし,そこには別のもっと深い幾何学的な事情があり,n(≧5)次元正多胞体の元素数は≧3であると考えられる.その理由を述べてみたい.
このシリーズではこれまで直角三角錐(RT,RP,・・・)がn次元の正多面体の元素定理の本質をなしていることをつきとめた.3次元正多面体の元素定理でカギを握っているのが直角三角錐(RT:right tetra)であることに気づけば,任意のn次元でも直角三角錐が有用になると考えるのは自然な発想,自然な成り行きであろう.
n次元の直角三角錐2^n個で正2^n胞体ができる.また,この図形n!個の体積は1辺の長さ2の正2n胞体(体積:2^n)と等しくなる.正2n胞体からはこの図形を2^n-1個を取り除くことができる.
[1]元素数の減少が起こる理由
3次元では立方体から直角三角錐を4個取り除くと正四面体,4次元では正8胞体からRPを8個取り除くと16胞体になるため,元素数がひとつ減る.さらに,4次元の特殊性として192個のRPから正24胞体が構成されるため,もうひとつ元素数は減るのである.
[2]元素数の減少が起こらない理由
5次元以上の空間では直角三角錘をn-1個を取り除くと正多面体にならず,1種の準正多面体になる.また,2次元では正方形から直角三角形を2個取り除くと何も残らない.これが各次元における元素定理の正体なのである.
===================================
【4】まとめ
3次元と4次元の2つの次元は「元素数の減少が起きる」かなり特別な意味をもっている.また,n=3のとき√(n+1)は整数になるから,
n=8,15,24,35,48,63,80,99,120,・・・
と同類であり,4次元空間だけが非常に特殊であると考えることもできる.
空間や次元によって「直角」の性質は異なる.しかし,そこには単に微分トポロジーの話だけでなく,非常に単純でありながらもっと深い幾何学的な事情があることがおわかりいただけたであろうか.
===================================