■学会見聞録(詐欺ジョンソン・ザルガラー多面体)

 6/29のOne day seminar on Math and Art(東海大学代々木校舎)に参加したレポートである.Math and Artに関する国際学会があるが,この学会はそれとはまったく別物の日本版Math and Artであって,しかも第1回目の開催である.

 講演会場が1教室,展示室が3教室のこじんまりした学会であったが,参加者は美しいもの,面白いものを堪能してそれぞれ帰路についたものと思われる.第2回の開催も近い将来にはきっと実現するであろう.

 展示室には金原博昭さんや佐竹正雄さんの作品も展覧されていたのであるが,今回のコラムでは中川宏さん考案のトリック・ジョンソン多面体(93番目のジョンソン・ザルガラー多面体?)を中心としてレポートしたい.

 1966年,ザルガラーは正多角面体(すべての面が正多角形である凸多面体)は正多面体,準正多面体を除くと92種類存在することをコンピュータを使うことによってその証明を与えた.ザルガラーの証明では凹面や曲面を排除するのがいかに大変だったかが容易に推測されるところである.まずは,中川さんご本人の口から語っていただくことにしよう.

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【1】トリックジョンソンNo.1

                 積み木インテリアギャラリーいたち丸

                              中川 宏

 正多角面体は92種類をジョンソンが数え上げ,ザルガラーがそれ以外には存在しないことをコンピュータを駆使して証明したとされています.そこでジョンソンの92種類以外に新たな正多角面体を創造する試みをトリックジョンソンゲームと呼ぶことにします.

 必要な道具は正多角形に切り抜いた厚紙とセロテープだけで手軽に楽しむことができます.もちろんプラスチック製でジョイント機能がついたポリドロンなどでもできます.

 厚紙やポリドロンで作ることのできるトリックジョンソンは数種類あることがこれまでにわかっています.それらはいずれも紙やプラスチックの柔軟性によって実際の面の歪みを吸収することで成り立っている曲面体で,板材を貼り合せた模型を製作してみると破綻が露わとなるのが通例でした.

 ところが,ここに紹介する立体は板材を貼り合せた模型をつくってみてもまったく破綻がでないので,さあ大変!となったわけです.

 この立体をトリックジョンソンNo.1と名づけますが,それは全体としてはラグビーボール形をしていて,正方形2枚,正五角形8枚,正三角形40枚からなります.天地の正方形面を貫く軸のまわりに4回回転対称性を有するとても美しい凸立体です.また正五角形の配置に二通りある鏡像体でもあります.

 展開図を示します。

 人間の視覚や触覚ではとても検証できないトリックジョンソン立体ということで,コンピュータを使った計算で確かめてもらうしかないと考えて,静岡県立大学経営情報学部の武藤伸明先生に蛮勇を奮ってお願いしましたところ,快く引き受けてくださいました.

 そして,武藤先生の検証の結果,トリックジョンソンNo.1は辺の長さを1としたときに辺長のばらつきがわずか10万分の1程度しかないことが明らかになったのです.その検証方法を武藤先生に解説していただきます.

 『手法として,辺の長さを1,正方形の面の対角線の長さが2, 五角形の1つおいた頂点を結ぶ線の長さが(1+√5)/2でなければならないという制約を考えます.これらの制約について,誤差を最小にする頂点の座標を最小二乗法で求めます.この方法で,例えばJ91の場合には長さの制約を19桁位の精度まで満たす座標を求めることが可能です.

 トリックジョンソンNo.1の場合には,同様の方法で頂点座標を求めると,そのときの辺長の平均誤差にして0.00001698150つまり5桁め位でずれた結果が出ます.近似計算とはいえ,相当の精度で答えが出ますので,トリックジョンソンNo.1はほぼジョンソン多面体ではありえないと思われます.』

 その後,検証の確からしさを明瞭にするために上記の手法によるすべてのジョンソン立体の計算精度を確かめていただきましたところ,面数が多くなっても小数点以下14桁以内に納まることがわかりました.

 トリックジョンソンNo.1の歪みが10万分の1しかないというのは日常感覚からするとほとんどゼロという実感ですが,武藤先生の計算で分別できる最小誤差の約10億倍ですから紛れもなく真正の正多角面体ではないことが判明したといえるでしょう.

 

 また,当初の計算では立体全体に誤差が分散されていましたので,ジョンソン立体らしく辺の長さはすべて1にして歪みを正五角形面に集中するように,いわば板面モデルでシュミレートしていただいたところ,それぞれの五角形の頂点のうち,正方形からもっとも遠い頂点が-0.003467,二番目に正方形に近い頂点が-0.019319,他の3頂点からなる平面よりも沈んでいることがわかりました.一辺5センチの板材貼り合せ模型においては正五角形の板材の一つの頂点で1ミリ弱の段差ができる計算ですが,この程度の段差では貼り合せのさいのバランスで吸収されて判別不可能になっても無理はありません.

 それにつけても92種類しかない正多角面体のごく近傍にこれほど紛らわしい立体が存在するとは,ジョンソンもザルガラーもいまごろ天国で苦笑しているのではないでしょうか?

                         2010年6月15日

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【2】補遺

 今年の3月末,ドルビリン先生(ステクロフ研究所)から伺った話では,ザルガラー先生は高齢ではあるがロシアの南の暖かい地方でご存命で,いまでもお元気だそうです.ザルガラー先生,ごめんなさい.

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