コラム「四元数環について」では,たとえば,
ω=(1+i+j+k)/2
は,
ω^2=(−1+i+j+k)/2
ω^3=−1
ω^4=−(1+i+j+k)/2
ω^5=(1−i−j−k)/2
ω^6=1
より1の原始6乗根であり,ωは4次元空間内の60°回転に対応していると考えることができることを述べた.今回のコラムではこれを別の角度からみることにしよう.
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【1】3次の回転行列
各軸周りの回転角θをオイラー角と呼ぶ.回転行列は
[], 0, 0 ]
R1 =[0, cosθ,sinθ]
[0,−sinθ,cosθ]
[cosθ,0,−sinθ]
R2 =[ 0, 1, 0 ]
[sinθ,0, cosθ]
[ cosθ,sinθ,0]
R3 =[−sinθ,cosθ,0]
[ 0, 0, 1]
として,A=R1R2R3のようなものを考える.
空間を回転させる行列で直交変換となっているパラメータ数が3つの「回転」かつ「直交」行列として
(1)オイラー角に基づくもの
(2)ロール・ピッチ・ヨーに基づくもの
がある.(1)はz軸まわりの回転α→新しいy軸まわりの回転β→新しいz軸まわりの回転γ,(2)はz軸まわりの回転φ→新しいy軸まわりの回転θ→新しいx軸まわりの回転ψの3段階によって表すもので,両者に本質的な違いはない.いずれにせよ,軸周りの回転の順番を変えると結果が違ってしまう.
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【2】四元数
数を実数から複素数に広げると大小の順序はまずくなりますが,平方根を常にとれるし,だから2次方程式は必ず解けるし,もっと一般に代数方程式は常に根をもつことになり,現象がずっと単純になって見通しよくなります.その意味で複素数は究極の数です.交流理論や相対論など物理学の進展の多くは複素数なしには成し遂げられなかったでしょう.
しかし,複素数は2次元平面上に存在すると考えてよい数体系であり,平面的あるいは曲面的な意味しかもちませんから,空間的な現象への応用を目指して,アイルランドの数学者ハミルトンは複素数を拡大した数体系を創造しました.
複素数ではかけ算は回転に相当し,平面上の回転をexp(iθ)=cosθ+isinθとすればZ’=exp(iθ)Zと記述できますが,ハミルトンは3次元空間での回転を記述する試みの中から,複素数の類似である3個の実数の組からなる新しい数(x+yi+zj)を導入して,(a+bi+cj)(x+yi+zj)のような積を同じ空間内のベクトル(α+βi+γj)として表そうとしました.しかし,空間の回転をとらえるというはじめのアイデアは失敗に終わり,結局,4次元へ跳躍することによって4個の実数の組よるなる四元数(x+yi+zj+wk)を発明しました(1843年).
四元数は複素数に似ていますが,ただ1つではなく3つの虚数をもつ数体系で,i^2=−1,j^2=−1,k^2=−1,ij=k,jk=i,ki=j,ji=−k,kj=−i,ik=−jなる性質をもち,(x+yi+zj+wk)(x−yi−zj−wk)=x^2+y^2+z^2+w^2となります.四元数では結合法則は成立しますが,交換法則は成立せず,たとえば,
ij=k,ji=−k
です.任意の四元数でもかけ算の交換法則は成り立ちません(積に関する非可環性:ab≠ba).四則演算の法則に変更を加えない限り,3次元空間への拡張はできなかったのです.
複素数では加法,減法,乗法と0を除く除法が定義され,かつ,交換,結合,分配法則が適用できる数の集合=体と呼ばれる代数的構造をなしています.実数は体を構成しますが,有理数は最小の体を,複素数は最大の体を構成します.したがって,複素数以上に数の世界を広げようとすると,われわれがなじんでいる交換法則などのどれかが壊れてしまいます.超複素数の世界ではある規則が犠牲にされなければなりませんが,ある規則を犠牲にする段になると,最も苦痛の少ないのは乗法の交換法則だったのです.
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【3】単位四元数と3次元の回転
x,y,z軸の周りの回転では使いにくい.そこで,単位ベクトル
n=(α,β,γ)
を回転軸とし,その周りに正の回転方向にθだけ回転する回転行列はα,β,γは方向余弦で,α^2+β^2+γ^2=1を満たすものとして
R(1,1)=α^2(1-cosθ)+cosθ
R(2,2)=β^2(1-cosθ)+cosθ
R(3,3)=γ^2(1-cosθ)+cosθ
R(1,2)=αβ(1-cosθ)+γsinθ
R(2,1)=αβ(1-cosθ)-γsinθ
R(1,3)=αγ(1-cosθ)-βsinθ
R(3,1)=αγ(1-cosθ)+βsinθ
R(2,3)=βγ(1-cosθ)+αsinθ
R(3,2)=βγ(1-cosθ)-αsinθ
で表される.
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
実部をw,虚部をvとし,
q1=w1+x1i+y1j+z1k=(w1,v1)
q2=w2+x2i+y2j+z2k=(w2,v2)
と表すことにすると,
q1+q2=(w1+w2,v1+v2)
q1・q2=(w1w2−(v1・v2),w1v2+w2v1+(v1×v2))
と表せる.
ここでもう一度,3次元空間内の任意の点を位置ベクトルpで表し,軸nの周りにθだけ回転したベクトルをRpとし,Rpをp,n,θを用いて表そう.
nに直交するベクトル:q=p−(p・n)n
nとpの外積:r=n×q=n×p
とすると
Rp =cosθq+sinθr+(n・p)n
=cosθp+(1−cosθ)(n・p)n+sinθ(n×p)
がわかる.
次に,単位四元数q=(w,v)=(cosη,sinηn)を用いた変換
Rp(h)=q・h・q~
を考える.q~=(w,−v)
pを四元数の虚部とみなすと,
Rp(p)=q・p・q~=(w,v)・(0,p)・(w,−v)
=(0,(w^2−|v|^2)p+2(p・v)v+2w(v×p))
=cos2ηp+(1−cos2η)(n・p)n+sin2η(n×p)
したがって,θ=2ηとおけば,軸n周りのθ回転は単位四元数
q=(cosθ/2,sinθ/2n)
で簡単に表せることがわかる.
四元数は群,環,体などの代数的構造の理論という分野の中で不可欠な役割を担ったのであるが,1843年,ハミルトンが発見して以来3次元運動の力学系を記述するために使われてきて,スペースシャトルの制御でも利用されている.また,電磁気学や相対性理論,三次元の非ユークリッド幾何学の法則を記述するのにも応用されているそうだ.
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【4】考察
四元数ω=(1+i+j+k)/2は単位四元数である.一方,軸n周りのθ回転は単位四元数
q=(cosθ/2,sinθ/2n)
で表せるから
θ/2=π/3,n=(1/√3,1/√3,1/√3)
すなわち,(1,1,1)方向を軸とする120°回転に対応している.
同様に,
ω^2=(−1+i+j+k)/2
はθ/2=2π/3,n=(1/√3,1/√3,1/√3)より(1,1,1)方向を軸とする240°回転,
ω^4=−(1+i+j+k)/2
はθ/2=−π/3,n=(1/√3,1/√3,1/√3)より(1,1,1)方向を軸とする−120°回転,
ω^5=(1−i−j−k)/2
はθ/2=−π/3,n=(1/√3,1/√3,1/√3)より(1,1,1)方向を軸とする−120°回転.
q=±1
はθ/2=±π,n=(0,0,0)より無回転(恒等写像)であるが,
q=±i
はθ/2=±π/2,n=(1,0,0)より(1,0,0)方向=x軸を軸とする±90°回転に対応している.
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