■太陽系のなかのカオス(その2)

 従来,非線形信号はノイズあるいは再現性の悪いものとして見落とされ見逃されてきたのですが,見方を変えるとそこにある種の秩序があり,カオスやフラクタルの形でいろいろな情報を含んでいることが知られるようになってきました.これまで原因不明のノイズとして見捨てられていたものも,それをカオスと考えることによって隠れた法則性を発見する手がかりとなるのです.

 「カオス」は,ポアンカレから始まった力学系の研究に端を発し,「非線形」や「フラクタル」と密接に絡んでいます.まず,カオスの発端となった3体問題を取り上げるのはスジというものでしょう.

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【1】3体問題(カオスの発端)

 ニュートンは逆2乗則にしたがう引力が,宇宙のどの場所においても,どんな2つの物体の間にも例外なく存在するはずだという,実に大きな知的飛躍を試みて大成功をおさめ,ニュートン以来の古典力学は解析力学という形で一応の完成をみました.もちろん,現在の科学はニュートン力学だけでは不十分で,光の速度に近いような非常に速い物体,原子とか量子とか非常に小さい物体の運動法則は,もはやニュートン力学ではうまく説明できません.そこで,アインシュタインの相対性理論という新しい力学が出現したのです.しかし,運動する速度があまり大きくない物体の運動,たとえば,人工衛星の運動ではニュートン力学は実にうまくあい,相対性理論を使う必要はまずありません.

 天体力学において,2つの物体まではニュートン力学によって解析的な計算を行うことができ,互いに引力を及ぼしあっている二つの物体は楕円,放物線,双曲線のうちのいずれかの軌道になることが証明されています.例えば,地球から打ち上げた人工衛星の初速が秒速7.9km(第1宇宙速度)のとき円,それ以上で秒速11.2km(第2宇宙速度)以下のとき地球を焦点とする楕円,秒速11.2kmのとき放物線,それより速いときは双曲線を描くといった具合です.放物線軌道,双曲線軌道になると地球の重力圏を脱出し,もう地球に戻ってくることはありません.これらの曲線は円錐を異なる平面で切ることで得られる一群の曲線,すなわち円錐曲線で,天文学において重要な役割を果たすことになり,力学と幾何学の間には美しい調和が存在していることになります.

 ニュートンは2つの天体の間の運動方程式(微分方程式)を積分することによって解き,安定な周期解となることを導き出しました.この解がケプラーの法則です.次に,3つの天体間の運動方程式,すなわち3体問題(例えば,地球と太陽と木星しかない宇宙で,これら3つの星の運行を決める)に関心が移ってくるのは当然のことでしょう.ところが,天体の数が3つになると複雑でお手上げになることをご存じでしょうか.

 ニュートンの後継者たちは,物体が3つ以上ある系についても運動方程式を積分して解くことを試みたのですが,結局,積分不能で行き詰まってしまいました.3体問題の運動方程式を書くのは容易ですが,それを解くのは非常に難しく,方程式を正確に解く公式をどうしても見つけられなかったのです.2体問題は可積分であるのに対し,3体問題の技術的な困難は,ニュートンから2世紀以上経てもなお完全な答えは見つからなかったのですが,19世紀末から20世紀初頭にかけて,ポアンカレは3体問題を積分法で解くことは不可能であることを証明しています.

 3体問題は可積分でないという不存在証明が微分方程式論など数学に与えた影響は大きなものがあります.数学は数学内部から影響で進展するとともに,物理学,天文学,力学の強い外部的影響のもとで,関連しながら発展してきましたが,ヒルベルトは,ポアンカレを議長とする1900年の国際数学者会議で「数学の諸問題」という講演を行っています.ヒルベルトのあげた23の問題は数学のほとんど全分野にわたっていて,彼自身の研究と密接に関連しています.そのなかで,数学の発展をもたらした問題の例として,最速降下線の問題,フェルマーの問題,三体問題,正多面体の問題,代数関数論におけるヤコビの逆問題をあげていますが,フェルマーの問題がまったく純粋な思考の産物であるのに対して,三体問題は天文学上の必要性から生じたもので好対照をなしています.

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