■無限次元空間の球充填問題(その8)

 ケプラー予想は,1994年に解決されたフェルマーの最終定理に取って代わる数学上の未解決問題になっていたわけですが,1998年にトマス・ヘールによってとうとう

  「キャノンボール・パッキングよりも密度の高い3次元パッキングは存在しない」

ことが証明されました.ケプラー予想から400年近く経って,やっと定理に昇格したのです.

 今回のコラムでは,半径の等しい球をn次元ユークリッド空間R^nに効率的に詰め込む問題(ヒルベルトの第18問題)の漸近挙動について触れてみることにしたいと思います.

 以下,半径が一定で互いに交わらない球の充填密度をΔ(n)と書くことにしますが,Δ(n)のn→∞における漸近挙動については,現在のところ,

  −1≦(log2Δ(n))/n≦−.599 であることが知られていて,

  (log2Δ(n))/n → −1   (n→∞)

が成り立つかどうかが問題になっているとのことです.

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ランダム配置の平均格子点間距離と平均充填密度を求めてみよう.コラム「ポアソン配置とワイブル分布(雑然か整然か)」は,配置が完全に規則的である結晶と,もう一方の極みにあるランダムな配置を扱ったものであるが,平面上または空間中に無作為に配置(ポアソン配置)した点の集団があるとして,ある点からその最も近い点(最近接点:nearest neighbor)に至るまでの距離rの分布を考える.

 詳細についてはコラムを参照していただきたいのだが,距離rの分布はn次元単位超球{x1^2+x2^2+・・・+xn^2≦1}の体積を

  vn=π^(n/2)/Γ(n/2+1)

とすると,

  p(r)=nvnr^(n-1)exp(-vnr^n)

 ここで,β^n=1/vnとおけば

  p(r)=n/β(r/β)^(n-1)exp(-(r/β)^n)

すなわち,形状母数n,尺度母数1/n√vnのワイブル分布が得られる.

 したがって,ランダム配置の平均距離rmは

  ∫(0,∞)rp(r)dr

より

  rm=Γ(1+1/n)/n√vn

で与えられる.

 また,平均球充填密度Δ(n)は,半径r/2の超球の体積が

  vn(r/2)^n

となることより

  ∫(0,∞)vn(r/2)^np(r)dr

 =vn/2^n∫(0,∞)r^np(r)dr

 =Γ(2)/2^n

 =1/2^n

として求められる.

 すなわち,nの値に関わらず,

  (log2Δ(n))/n=−1

が成り立つことがわかる.

n   格子点間距離  球充填密度    log2Δ(n)/n

1   0.5     0.5      −1

2   0.5     0.25     −1

3   0.5540  0.125    −1

4   0.6081  0.063    −1

5   0.6587  0.031    −1

6   0.7056  0.016    −1

7   0.7493  0.008    −1

8   0.7905  0.004    −1

9   0.8294  0.002    −1

10   0.8663  0.001    −1

 なお,コラム「ポアソン配置とワイブル分布(雑然か整然か)」から得た教訓は「結晶と完全にランダムな点の配置は対極的ではあるが,どちらも数学的な扱いが容易な構造である.」ということであった.数学的にみると完全な「ランダムネス」は意外に扱いやすいのである.

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【1】(log2Δ(n))/nの下界

 

 ランダム格子の場合,(log2Δ(n))/nの値は−1となることがわかった.この値は,ミンコフスキーによって得られた下界

  −1≦(log2Δ(n))/n

に等しい.

 既にお気づきのように,同じ大きさの球ではないし,互いに交わらないという条件にも抵触しているが,Δ(n)の近似値を,平均半径を有する球による空間充填密度

  Δ(n)=vn(rm/2)^n={Γ(1+1/n)/2}^n

として計算すると,n→∞のとき,下側から

  (log2Δ(n))/n → −1

に収束することとも一致している.

 ここで,次の表にはランダム配置と極大配置の格子点間距離を並べて掲げる.

 n  ランダム配置の平均距離   極大配置の格子点間距離

 1  0.5            1      

 2  0.5            1.075  

 3  0.5540         1.122  

 4  0.6081         1.189  

 5  0.6587         1.231  

 6  0.7056         1.290  

 7  0.7493         1.346  

 8  0.7905         1.414  

 9  0.8294           −    

 10  0.8663           −    

 ランダム配置の平均距離は,極大配置の格子点間距離の半分よりは大きい.逆にいうと,極大配置距離はランダム配置の平均距離の2倍よりも小さいという傾向が窺えるが,この傾向は9次元以上でも続くのであろうか?

 もし,極大格子の格子点間距離が,ランダム格子の平均格子点間距離の2倍に等しいならば,

  Δ(n)=vn(2rm/2)^n={Γ(1+1/n)}^n

となり,球充填密度は1を超えてしまう.したがって,9次元以上でも極大配置距離はランダム配置の平均距離の2倍よりも小さいことは確かである.

 それでは,c<2なる定数が存在すると仮定すると,

  Δ(n)=vn(crm/2)^n={cΓ(1+1/n)/2}^n

より,

  (log2Δ(n))/n=log2Γ(1+1/n)+log2c−1

であるから,n→∞のとき,

  (log2Δ(n))/n → log2c−1

となる.

 すなわち,本コラムの枕である命題

  (log2Δ(n))/n → −1   (n→∞)

は定数c=1となることを主張するものであり,無限次元においては効率的格子≒ランダム格子とみなせるというものである.

 一方,(log2Δ(n))/nの上界≦−.599については,どのようにして得られたものなのか見当がつかない.おそらく組合せ論的に求められたものと思われるが,もう一度調べ直してみて,後日報告したいと考えている.

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