■球面上の幾何学(その2)
【1】ガウス・ボンネの定理
テニスボールは表面に閉曲線が刻み込まれている.この閉曲線上の点が常に床に接触するようにテニスボールを転がすとボールは垂直軸に沿って回転する.このとき回転角はどれだけになるだろうか?
ガウス・ボンネの定理により,曲線に囲まれた全曲率がその答えである.テニスボールの場合,この曲線は対称で,全曲率4πのちょうど半分2πを囲んでいるので,回転角は2π−2π=0となる.
フーコーの振り子の運動面は北極では1日あたり360°,赤道上では0°である(回転しない).緯度をφとすると,平行円を境界にもつ球帽の全曲率は2π(1−sinφ)であるから,この軌跡の全曲率は
2π−2π(1−sinφ)=2πsinφ
で,これが振り子の運動面の全回転になる.パリ(φ=48°)では振り子は1時間当たり11°回転することになる.
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【2】フーコーの振り子
物理の教科書に載っているフーコーの振り子(1851年)とは長い振り子の端に重りをつけて振らせたもので,地球の自転の証明に用いられた.地球の自転によって振動面が北(南)半球では右(左)回りにつ回転するように少しずつずれていく.
物理的にはコリオリの力が関係していると書かれているが,数学的には,ガウス・ボンネの定理あるいはホロノミー角定理によって証明される.
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【3】接続のホロノミー
gをリーマン計量として,向き付けられたn次元リーマン多様体M^nがあるとします.Mとgの組(M^n,g)をリーマン多様体といいます.リーマン多様体には対称線形接続(リーマン接続,レビ・チビタ接続)がただひとつ存在します.
「接続」とは地図のことを考えてみるとよいのですが,たとえば,地球は球面ですが,地図は平面で表現されます.五万分の1の地図と,同じ区域の二万五千分の1の地図四枚を考察すると,それぞれは曲面を平面に変換した地図であり,共有する領域にはある種の変換式がなければなりません.(この変換式が成り立つことが多様体の条件である.)
リーマン多様体(M^n,g)上の点Pを固定して,点Pを出て点Pに戻る閉曲線を考えます.接ベクトル場Xをこの閉曲線に沿って区分毎に接続していって戻ったものをτXと書くと,このような閉曲線をいろいろとるとき,τは群(Xを平行移動させる群)をなし「ホロノミー群」と呼ばれます.(もっと単純にXをn次元ベクトル,τをn×n行列と考えてもそれほど違いを生じません.)
すなわち,リーマン計量gからホロノミー群が得られるのですが,この接続は長さを変えません(等長変換)から,ホロノミー群はSO(n)の部分群となります.また,実数ばかりを扱うわけではなく,複素数値であったり,ときには四元数であったりもします.そうなるとホロノミー群は一般にリー群となります.
接続のホロノミー群はリーマン多様体の曲がり方をリー群を用いて測る尺度といってもよいのですが,ホロノミー群により大域的に平行なテンソル場が定まり,それによりリーマン多様体の(大域微分)幾何構造が定まりますから,ホロノミー群の分類定理は(大域微分)幾何構造のおおまかな分類定理とも考えられます.そして,接続のホロノミーは常微分方程式の幾何学化を含む多くの問題への応用をもっています.
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それでは,どのようなリー群がリーマン多様体(M^n,g)のホロノミー群として実現可能かというと,ベルジェらによって詳しく調べられ50年前に完全に解決されています(ベルジェ,1955).
向き付けられたリーマン多様体のレビ・チビタ接続のホロノミー群は,通常は特殊直交群SO(n)ですが,任意の部分群に簡約されるわけではありません.一般のn次元ユークリッド空間のリーマン多様体に対してホロノミー群はSO(n)となるのですが,SO(n)はn×n直交行列の群すなわちn次元実ベクトル空間における回転群です.
また,複素n次元(複素数は2つの実数で定義されるのでその実次元は2n次元をもつことになる)の複素ユークリッド空間における複素多様体(ケーラー多様体)に対しては,ユニタリー群U(n)の部分群となります.ユニタリー群U(n)は複素共役をとって転置することを意味する(エルミート共役)~を用いて,A^(-1)=A~を満たす行列の集合です.転置と複素共役を組み合わせた作用を(~)で表すことにすると,実数変数行列と複素変数行列の対応は以下のようになります.
実数 複素数
対称行列(A’=A ) → エルミート行列(A~=A)
直交行列(A’=A^(-1))→ ユニタリー行列(A~=A^(-1))
反対称行列(A’=−A )→ 反エルミート行列(A~=−A)
既に分類されている対称空間とSO(n),U(n)を除くと,特殊ホロノミー群は
SU(n)・・・・・・・・2n次元
Sp(m)・・・・・・・・4m次元
G2 ・・・・・・・・・・・7次元
Spin(7)・・・・・・8次元
Sp(m)Sp(1)・・・4m次元
の5通りに限られます.
シンプレクティック群Sp(m)は四元数と密接な関係があり,ホロノミー群がSp(m)・Sp(1)となるリーマン多様体は,四元数ケーラー多様体と呼ばれます.アインシュタイン多様体は不定値リーマン多様体の例であり,相対論に関連したものが有名です.
また,リッチ曲率は最も単純なリーマン不変量の1つなのですが,残り4つの場合はリッチ曲率(リッチテンソル)が零となるリッチ平坦なリーマン多様体です.SU(n)をホロノミー群とする2n次元リーマン多様体はカラビ・ヤウ多様体(複素多様体),Sp(m)の場合はハイパーケーラー多様体(複素多様体),G2をホロノミー群とする多様体はG2多様体(実多様体,7次元),Spin(7)の場合はSpin(7)多様体(実多様体,8次元)と呼ばれています.G2,Spin(7)は例外ホロノミー群とも呼ばれます.
スピノル群はパウリ行列の一般化と考えることができるのですが,ベクトルが360°回転してやると元に戻るのに対して,スピノルは360°回転させると反対向きになり,720°回転させてやるとはじめて元に戻る量です.
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再度,ベルジェのリストを整理しておきます.
対称空間でない,向き付けられたn次元リーマン多様体(M^n,g)が単連結かつ既約であるとする.このとき,そのホロノミー群はSO(n),U(n/2),SU(n/2),Sp(n/4),Sp(n/4)・Sp(1)(n≧8),G2,Spin(7)のいずれかである(ベルジェ,1955).
対応する多様体は
U(n/2)・・・・・・・・・・・・・・ケーラー多様体
SU(n/2)・・・・・・・・・・・・・カラビ・ヤウ多様体(*)
Sp(n/4)・・・・・・・・・・・・・ハイパーケーラー多様体(*)
Sp(n/4)・Sp(1)(n≧8)・・四元数多様体
G2 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・G2多様体(*)
Spin(7)・・・・・・・・・・・・・Spin(7)多様体(*)
ベルジェはこれらの中で4つのリー群,
SU(n/2),Sp(n/4),G2,Spin(7)
が零リッチ曲率を与える計量をもつことを示しました.(*)はリッチ平坦.
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