■ラグランジュの未定乗数法

 多様体とは,各点の近傍が局所的なユークリッド空間になっていて,全体としては様々な性質をもつ図形を意味します.ユークリッド幾何学(放物線幾何学),ボヤイ・ロバチェフスキー幾何学(双曲線幾何学),リーマン幾何学(楕円幾何学),この3種類の幾何学は大きく見るとそれぞれ異なっていますが,局所的に見るとほとんど変わりません.現在われわれが住んでいる宇宙もユークリッド的に見えますが,もっと大きく見ると非ユークリッド的であってもよいわけです.

 宇宙は曲がった空間であると考えられているのですが,宇宙全体を見渡すと,もしかしたら想像もつかないような3次元多様体になっているのかも知れません.ガウスがホーエル・ハーゲン,ブロッケン,インゼルスベルクの3つの山頂からなる巨大な三角形の測量に基づいて,この疑問に答えようとしていたことは有名な逸話になっています.

===================================

【1】ラグランジュの未定係数法

 ラグランジュの未定係数法は,たとえば,「x^3−3xy+y^3=0の条件のもとでx^2+y^2の極値を求めよ」といった条件つき極値問題や制約条件付きの最小2乗法などの解を得るために導入された方法です.制約条件付きの最小2乗法は19世紀の測量士たちのおこなった三角測量でもっともよく用いられましたが,以下にその簡単な例を示します.

 「三角形の三つの内角を等精度で測定し,α=54°05′,β=50°01′,γ=76°06′を得た.内角の和は2直角になるべきであるが,測定誤差のため180°12になった.」

 このような場合に内角の最確値x,y,zおよび確率誤差を求めるにはどうしたらよいかを考えてみましょう.x+y+z=πが要請されている条件です.また,測定精度は等しいので荷重をwi =1とします.

 このような制約条件付きの問題では,変数λを新たに導入して,目的関数を

  s=Σ(測定誤差)2 −λ(条件式)

   =(x−α)^2+(y−β)^2+(z−γ)^2−λ(x+y+z−π)

としてsを最小にするx,y,zおよびλを求めます.極値の必要条件により,

  ∂s/∂x=2(x−α)−λ=0・・・・・(1)

  ∂s/∂y=2(y−β)−λ=0・・・・・(2)

  ∂s/∂z=2(z−γ)−λ=0・・・・・(3)

  ∂s/∂λ=−(x+y+z−π)=0・・・(4)

前の3つの式を加え合わせて,

  2(x+y+z−α−β−γ)−3λ=0

が得られます.(4)式より,x+y+z=πを代入すると

  λ=2/3(π−α−β−γ)

が得られます.このλを(1),(2),(3)式に代入して

  x=α+1/3(π−α−β−γ)=54°01′

  y=β+1/3(π−α−β−γ)=49°57′

  z=γ+1/3(π−α−β−γ)=76°02′

が求める解となります.すなわち,等精度で三角形の内角を測定したときの各補正量は測定値の和と180°との差を3等分したものです.

 このように,制約条件のある最小2乗問題を解くには未定係数λを導入して,未知のパラメータと未定係数λについて方程式を解けばよいことになり,制約条件のない場合の手法を用いて容易に解くことができることが理解されるでしょう.

===================================

【2】皮肉なことに

 宇宙は平坦か,球面的か,双曲的かという問題はまだ解決していないが,宇宙はかなり平坦であることは確かで,曲率は0でないにしても0からほんの少しずれているだけである.前節の三角測量からわかるように,必ず測定誤差が生ずるから,宇宙が平坦であることを証明するのは不可能である.

 逆に,宇宙が湾曲していることを証明することは可能である.測定誤差を考慮したうえで,測定された曲率が非零ならば宇宙は湾曲していることになるからだ.

===================================