■ランダムウォークの母関数と準超幾何関数(その48)

【2】酔歩が平均距離以内に滞在する確率

 対称単純ランダムウォーク,すなわち,p=q=1/2の場合は

  E(xn)=0,V(xn)=n

で与えられますが,ド・モアブル=ラプラスの定理から,n回のステップののち,その人がx=kのところにいる確率は,nを十分大にすると平均0,分散σ2=nの正規分布N(0,n)に近づくことを示しています.したがって,原点からの距離が√nの領域内に納まる確率は68.3%,2√nの領域内に納まる確率は95.4%と計算されます.

 1次元酔歩が√nのオーダーであることが示されましたが,これは拡散現象では一般的にいえることです.すなわち,d次元酔歩が互いに独立な1次元酔歩d個から構成されると考えると,nステップののち,

  E(Wn)=(0,0,,・・・0)

  E‖Wn‖^2=ΣE|Wk,n|^2=d×(√n/d)^2=n

したがって,

  E‖Wn‖≦√E‖Wn‖^2=√n

ですから,原点(0,0,,・・・,0)を中心として拡散し,原点からの距離が√nの領域内に納まると考えられます.

 格子上のランダムウォークは,ブラウン運動などの拡散モデルとしてよく知られていますが,格子のモデルはブラウン運動の離散化とみなすことができるので,局所的にみると離散的過程であっても,大域的にみると連続空間に分布した連続的なガウス分布とみることができます.

 したがって,d次元酔歩が原点(0,0,,・・・,0)を中心として拡散し,原点からの距離がσ=√nの領域内に納まる確率は,自由度dのχ^2分布で近似されることがわかります.

 また,d次元正規分布において,原点からのユークリッド距離の確率分布は,χ^2分布の平方根分布であるχ分布になります.とくに,自由度1のχ分布は半正規分布:

  f(x)=1/σ√(2/π)exp(-x^2/2σ^2)

であり,この分布は期待値が0の正規分布:

  f(x)=1/σ√(2π)exp(-x^2/2σ^2)

をy軸で折り返した分布になっています.また,自由度2のχ分布はレイリー分布:

  f(x)=x/σ^2exp(-x^2/2σ^2)

自由度3のχ分布はマクスウェル分布:

  f(x)=2^(3/2)/σ^3x^2exp(-x^2/2σ^2)

と命名されています.また,自由度dのχ分布の平均値は

  Γ((d+1)/2))/Γ(d/2)√(2)σ

で与えられます.

 この節では,原点からの拡散が平均距離までに納まる確率を求めてみることにしますが,ガンマ関数の漸近展開式(スターリングの公式)

  Γ(t)=√(2π/t)t^texp(-t){1+1/(12t(+1/(288t^2)-139/(51840t^3)-571/(2488320t^4)+・・・}

より,

  Γ((d+1)/2))/Γ(d/2)√2=√(d){1-1/(4d)+1/(32d^2)+5/(128d^3)-21/(2048d^4)-399/(8192d^5)+869/(65536d^6)+・・・}

と漸近展開されますから,dが大きい領域ではほぼ√(d)σまでに納まる確率に一致します.

  Γ((d+1)/2))/Γ(d/2)√(2)σ〜√(d)σ

d  平均距離 d  平均距離

1 .575062 13 .513665

2 .540061 14 .513124

3 .533050 15 .512642

4 .527316 16 .512210

5 .523730 17 .511818

6 .521238 18 .511463

7 .519383 19 .511137

8 .517937 20 .510838

9 .516769 30 .508756

10 .515801 40 .507547

11 .514983 50 .506730

12 .514279 100 .504730

 計算の結果,原点からの拡散が平均距離までに納まる確率は60%から50%で,この後単調に減少し,いずれ一定の値に収束するかのように見えました.自由度dのχ分布の平均値:Γ((d+1)/2))/Γ(d/2)√(2)σ,あるいは同じことですが,χ^2分布

  F(x)=(x/2)^(d/2)1F1(d/2,1+d/2,-x/2)/Γ(1+d/2)

    =(x/2)^(d/2)exp(-x/2)1F1(1,1+d/2,x/2)/Γ(1+d/2)

において

  x=2*{Γ((d+1)/2))/Γ(d/2)}^2 〜 d

とおいた値はd→∞のとき,はたして一定値に収束するのでしょうか?

 当該関数は単調減少関数で下限≧0なので,数学的には収束しますし,グラフを描くと極限値は0.5であろうと思われます.問題はその証明です.χ^2分布の分布関数は,

  F(x)=γ(d/2,x/2)/Γ(d/2)=1-Γ(d/2,x/2)/Γ(d/2)

    =(x/2)^(d/2)exp(-x/2)Σ(x/2)^k/(k+n/2)!

とも書けるのですが,スターリングの法則

  Γ(1+d/2)=(d/2)! 〜 √(πd)(d/2)^(d/2)exp(-d/2)

あるいは,不完全ガンマ関数の漸近展開

  Γ(a,x)=exp(-x)U(1-a,1-a,x)

      〜 x^(1-a)exp(-x)2F0(1-a,1,-1/x)

      =x^(a-1)exp(-x){1+(a-1)/x+(a-1)(a-2)/x^2+・・・}

      =x^(a-1)exp(-x){1+O(1/x)}

を用いても最終収束値が0.5になることを示すことができませんでした.式の形をみる限り,何とか極限値の厳密解は求められそうな気はするのですが,いまのところ,明示的な関係は見いだせていません.

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