■n次元単位球の体積(その8)

半径rのn次元超球の体積はVnr^nですから,体積を1とするrの値はVn^(-1/n)で与えられます.また,n次元超球の中心を通る超平面による切り口は(n−1)次元超球であり,その体積はVn-1r^(n-1)で表されますから,体積が1の超球の切り口の体積は

  Vn-1・Vn^(1/n-1)

となります.

n    Vn-1・Vn^(1/n-1)

2   1.128

3   1.209

4   1.265

5   1.307

6   1.339

7   1.365

8   1.387

9   1.405

10   1.420

11   1.434

12   1.445

13   1.456

14   1.465

 体積1の10次元超球について,その実際の値を計算してみると1.4203・・・となり,体積1の10次元単位立方体の超平面による切り口の体積√2よりも大きくなります.ここで,半径rをほんの少し縮小した超球を考えてみると,単位立方体より断面積は大きいが体積は小さい例を作れることがわかります.

 ところで,3次元空間内の2つの点対称凸体K,K’に関して,凸体の中心を通る任意の平面について,断面積の不等式

  A(K)>A(K’)

が成り立つならば,体積についても不等式

  V(K)>V(K’)

が成り立つことが知られています(ビューズマンの定理,1953年).

 すなわち,10次元のボールの例は,

  A(K)>A(K’)

であっても

  V(K)<V(K’)

という高次元におけるビューズマンの反例になっているのです.

 さて,10次元以上の一般次元であれば,このような反例が具体的に与えられるのでしょうか?

  An=Vn-1・Vn^(1/n-1)

とおくと,

  An/An-2=Vn-1・Vn^(1/n-1)/Vn-3・Vn-2^(1/(n-2)-1)

ですから,n→∞のとき,

  An/An-2→(Vn/Vn-2)^(1/n)=(2π/n)^(1/n)→1

これより,次元を高くすれば断面積はある極限値に収束しそうです.n→∞のとき,Vn-1→0,Vn→0ですが,An=Vn-1・Vn^(1/n-1)の極限値を求めてみることにしましょう.

 Vn=π^(n/2)/(n/2)!より,

  An={(n/2)!}^(1-1/n)/{(n-1)/2}!

これを有名なスターリングの近似公式

  k!=√2π・k^(k+1/2)・exp(−k)

を使って書き直してみましょう.簡約化すると

  An→(n/2)^(n/2)/{(n-1)/2}^(n/2)

    ={n/(n-1)}^(n/2)

    ={(1+1/(n-1))^(n-1)}^(1/2)*{n/(n-1)}^(1/2)

    →e^(1/2)

したがって,極限値√e=1.6487・・・に収束することがわかります.

  √2<√e<√3

ですから,これは高次元ではボールの反例がいくらでも作れることを意味しています.

 逆に,9次元以下ではボールの反例は作られませんが,それ以外のビューズマンの反例については,5次元以上で存在することが証明されています(1992年).しかし,4次元で反例が作れるかどうかは,現在,未解決の問題として残されています.

 古代ローマの叙事詩「アエネイス」に次のような物語があります. 『ディドーはフェニキアの王女であったが,弟のピグマリオンが彼女の夫を殺して王位に就いたため,臣下たちとともに脱出,地中海に面したアフリカの地に漂着した.その土地の支配者は,一頭の牛の皮を拡げただけの土地を売ってもよいとしぶしぶ約束した.ディドーはこの条件を最大限に活かすために,牛の皮を細く切り3ミリほどのひもにして,地中海の海岸線から半円を描き土地を囲んだ.こうしてカルタゴが建国され,ディドーはカルタゴの女王になった.』

 平面凸集合に関して,周の長さLが一定で面積Aが最大の図形(面積が一定で周の最小な図形)は円であるという事実はよく知られています.そのことは

  L^2≧4πA という不等式(等周不等式)で表現されます.等号は円のときだけ成立します.

 これは周の長さが一定という付帯条件を課して,面積を最大にするという変分問題の1種であって「等周問題」と呼ばれますが,変分法の起源とみなされている問題で,その答が円であることは古代ギリシアの時代からよく知られています.ところが,厳密な証明が与えられたのは19世紀になってからのことで,シュタイナーやシュワルツ,フロベニウスによるものなど,いくつかの証明があります.直観に反して,厳密な証明は簡単ではないのです.

 同様に,3次元凸集合に対し,表面積をS,体積をVとするとS^3≧36πV^2が成り立ちます.等号成立は球のときだけで,すべての立体中で球が表面積に対して最大の体積をもっています.立体図形のS^3/V^2は平面図形のL^2/Aの相当していて,等周比あるいは等周定数と呼ばれます.コラム「幾何の問題(PartU)」では,等周不等式

  L^2≧4πA,S^3≧36πV^2

をどんな次元にも適用できるように公式化しましたが,それによると

  n次元表面積^n≧n次元体積^(n-1)n^nπ^(n/2)/Γ(n/2+1)

等号は超球のときに限ります.

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