■円周率の計算(その9)

 arctan(1/n)を2項まで使って,πを表現する方法はステルマーの定理より次の5つしかないことが知られています.

 π/4=arctan(1/1)

 π/4=arctan(1/2)+arctan(1/3)

 π/4=2arctan(1/2)−arctan(1/7)

 π/4=2arctan(1/3)+arctan(1/7)

 π/4=4arctan(1/5)−arctan(1/239)

(その8)ではその証明について考えてみました.

 ステルマーはノルウェー(オスロ大学)の数学者.数論に興味を持っていましたが,オーロラの研究もした人です.セルバーグはリーマン予想にいままでで一番近づいた人と評されますが,オスロ大学で数学を勉強していた頃,ラマヌジャンの数学について紹介したステルマーの文章を読んで影響を受けたようです.

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【1】マーチン級数

 πを計算するための無限級数のうちでもっともポピュラーなものはニュートンと同時代のイギリスの天文学者マーチンによって発見された次のような式です(1706年).

 π/4=4arctan(1/5)−arctan(1/239)

=4(1/5−1/3・5^3+1/5・5^5−1/7・5^7+・・・)     −(1/239−1/3・239^3+1/5・239^5−・・・)

 実際の数値計算では,項数が少なく分母が大きいものほど有効ですから,マーチンの級数はarctanを2つ使ってπを表現する公式の中で最良のものであることがお分かりいただけると思います.

 マーチンの級数は収束が極めて急速で,コンピュータの時代に移った後もたくさんの人に利用され,はじめてコンピュータを用いてπの値を計算したノイマンはマーチンの公式を使って70時間かかって2037桁まで正しい値を求めています(1949年).

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【2】ステルマー級数

 πのarctan型公式は数多く知られています.

  [参]猪口和則「πの公式をデザインする」新風舎

[1]2項公式

 π/4=arctan(1/2)+arctan(1/3) (Euler)

 π/4=2arctan(1/2)-arctan(1/7) (Vega)

 π/4=2arctan(1/3)+arctan(1/7) (Clausen)

 π/4=4arctan(1/5)-arctan(1/239) (Machin)

[2]3項公式

 π/4=arctan(1/2)+arctan(1/5)+arctan(1/8) (Dahse)

 π/4=3arctan(1/4)+arctan(1/20)+arctan(1/1985) (Gauss)

 π/4=4arctan(1/5)-arctan(1/40)+arctan(1/99) (Rutherford)

 π/4=4arctan(1/5)-2arctan(1/408)+arctan(1/1393) (Vega)

 π/4=12arctan(1/18)+8arctan(1/57)-5arctan(1/239) (Gauss)

 π/4=8arctan(1/10)-arctan(1/239)-4arctan(1/515) (klingenstierna)

 π/4=6arctan(1/8)+2arctan(1/57)+arctan(1/239) (Shanks,Stφrmer)

[3]4項公式

 ステルマー(Stφrmer)は3項公式を研究していますが,さらにarctanを4つ使ってπを表現する公式

 π/4=44arctan(1/57)+7arctan(1/239)-12arctan(1/682)+24arctan(1/12943) (Stφrmer)

も発見しました(1896年).

 2002年,金田康正氏のグループは4項のステルマー級数公式を用いて,円周率πを1241億桁計算しています.

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