■デューラー・ケプラー・ペンローズ(その13)

 1974年にイギリスの数理物理学者ペンローズの発見した2種類の菱形を組み合わせて平面を非周期的に敷きつめるものが最も構成要素の少ないものです.

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【1】3種類の菱形による非周期的平面充填

 凧と矢を用いたペンローズの非周期的タイル貼りは5回回転対称が現れる.凧と矢よろも2種類の菱形(72°−108°,36°−144°)で代替した方がわかりやすいが,パターン全体にわたって正十角形が現れるのである.すべての正十角形は同じ方向を向いていて,長距離配向秩序を示している.

 2種類の菱形は(2π/5−3π/5,π/5−4π/5)は正十角形の中心角π/5から導かれたものである.もし7回回転対称にしたければ正十四角形の中心角π/7から導かれた3種類の菱形(π/7−6π/7,2π/7−5π/7,3π/7−4π/7)を使うとよいことがわかる.

 パターン全体にわたって正十四角形が現れるのである.すべての正十角形は同じ方向を向いていて,長距離配向秩序を示すことになり,ペンローズ・タイル貼りに見た目がよく似たものができる.

 もちろん,8回回転対称,9回回転対称,さらに高次のペンローズ・タイル貼りも同様の方法で作ることができる.また,ペンロ^ズ・タイルの3次元版が黄金菱形6面体による,非周期的空間充填である. 

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【2】黄金菱形多面体による非周期的空間充填

 ケプラーは,すべての面が合同な菱形である菱形多面体は,対角線の比が白銀比になっている菱形を12個組み合わせてできる菱形十二面体と対角線の比が黄金比になっている菱形を30個組み合わせてできる菱形三十面体以外にはないことを証明しようとしたのですが,実はあと2つ,1885年,フェドロフが発見した菱形二十面体と1960年にビリンスキーが発見した菱形十二面体第2種があります.

 黄金菱形平行6面体には2種類(太った菱面体とやせた菱面体)あって,細めで尖ったほうがacute(扁長菱面体),太めで平たいほうがobtuse(扁平菱面体)と呼ばれていますが,2つずつacute とobtuse が集まれば菱形十二面体(第2種),5つずつ集まれば菱形二十面体,10個ずつ集まれば菱形三十面体となります.このうち,菱形二十面体と菱形三十面体は5重の対称軸をもっています.

 これらはコクセターにより,A6(acute),O6(obtuse),B12(Bilinsky),F20(Fedrov),K30(Kepler)と名づけられていて,それぞれ3次元から6次元までの立方体の投影の外殻になっています.すなわち,黄金平行多面体は5種類あり,黄金菱形をある方向に平行移動させたものがA6,O6であり,それをさらに平行移動させるとB12が,続いてF20が,最後にK30が生まれます.

 したがって,A6とO6は3次元の,B12は4次元の,F20は5次元の,K30は6次元の立方体とそれぞれ同等になります.また,B12の中には2つずつのA6とO6が,F20の中にはひとつのB12と3つずつのA6とO6が(いいかえればF20の中には5つずつのA6とO6が),K30の中にはひとつのF20と5つずつのA6とO6が(いいかえればK30の中には10個ずつのA6とO6が)それぞれ入っていることになります.

 2種類の黄金平行多面体を用いて,3次元を隙間なく埋める非周期的構造を作ることができることは前述したとおりですが,この黄金平行多面体による充填図形の平面への投影はペンローズ・パターンと呼ばれる準周期性平面充填となります.すなわち,ペンローズのタイル貼りは,三次元空間を2種類の黄金菱面体で非周期的に埋めつくしたときの平面への投影図であり,5回対称性という物質の新しい状態を2次元的に模似したものになっています.

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[補]ミンコフスキー和

 ミンコフスキー和の計算結果についてまとめておきたい.辺の長さを1に規格化した体積を掲げる.

 菱形30面体: 4τ{(5+√5)/2}^1/2

 菱形20面体: 2τ{(5+√5)/2}^1/2

 菱形12面体(第2種): 4τ/5{(5+√5)/2}^1/2

 扁長菱形6面体: 2/5{(5+√5)/2}^1/2

 扁平菱形6面体: 2/(5τ)・{(5+√5)/2}^1/2

 以下,前節の言明「黄金菱形平行6面体には2種類(太った菱面体とやせた菱面体)あって,細めで尖ったほうがacute(扁長菱面体),太めで平たいほうがobtuse(扁平菱面体)と呼ばれていますが,2つずつacute とobtuse が集まれば菱形十二面体(第2種),5つずつ集まれば菱形二十面体,10個ずつ集まれば菱形三十面体となります.」について,体積計算して正しいことを確認しておきたい.

 {(5+√5)/2}^1/2を省略して書くと,

  A6+O6=2/5(1+1/τ)=2τ/5

  2(A6+O6)=4τ/5=B12

  5(A6+O6)=2τ=F20

  10(A6+O6)=4τ=K30

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[補]5回対称性を示す結晶

 3次元空間の敷き詰め<結晶>についてみていきましょう.結晶学の常識では,原子が周期的に配列した結晶物質では2重,3重,4重,6重の対称性しか許されないというのが鉄則・大前提になっていました.なぜ5重,7重,8重などの対称が結晶に存在し得ないかは正五角形は平面を埋めつくすことができないことから容易に理解されるところです.3次元では5回対称軸をもつ正五角形の役割を正12面体や正20面体が果たしますが,正五角形が平面充填形でないのと同様に正12面体・正20面体は空間充填形ではありません.

 ところが,1984年に5重の対称性を示す物質(アルミニウムとマンガンの人工合金)がアメリカのシェヒトマンによって発見され,結晶学の根底は揺るがされ,この大前提は覆されました.それはあたかも誰かが5角形の雪の結晶を発見したような事件であったのです.この物質はペンローズのタイル貼りと密接に関係していて,ペンローズが始めた5重の対称性をもつ敷きつめを3次元空間に一般化したものであり,ある規則性をもちながら周期配列をしないことから,準周期的結晶,あるいは簡単に準結晶と呼ばれます.

 その当時,結晶とアモルファスの両方の物質の状態を共有しそのどちらでもない新しい状態があると思っている人はごく少なかったのですが,この準結晶は両方の性質をもっています.準結晶は物質の性質を変化させ,多くの場合,物質を硬化させます.

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[補]同じ形の多角形のタイルで床を敷き詰める場合を考えると分かりますが,それは5角形や7角形またはそれ以上の辺数の多角形ではあり得ない−−−と思われていたのですが,実際に,5回対称性を示すものには黄鉄鉱やフラーレンC60などがあります.また,ホウ素の単体の中には変わり種がたくさんあり,正20面体上にホウ素原子が12個ずつ結合したものがあるなど,5回対称性が自然界に実在する例が以前から知られていたのですが,それは例外であって,それまで知られていた結晶格子はすべて正四面体,立方体,正八面体から導かれていたのです.

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