■結晶と相転移(その39)

 NaClでは,単純立方格子状配置のマーデルング定数の計算を取り上げた.実のところ,この一連のコラムを書くまでは,順番を入れ替えると収束する級数というのは数学上の病理学的な級数であって,応用分野では存在しないであろうと思っていた.小生にとってマーデルング級数の出現は意外な,青天の霹靂というべき事態であった.

 話は少しややこしくなるが,面心立方格子や体心立方格子についての同様の計算も考えられるであろう.面心立方格子や対心立方格子では,直交座標を基本としている.直交座標軸は空間中の点の位置を表すのに最も取り扱いが簡単である.しかし,3つベクトルa↑,b↑,c↑の選び方は一義的には決まらず,いろいろな選び方がある.そこで,3つのベクトルをそれぞれの構造の単純並進ベクトルと呼ばれるものに採ってみた.そうすると,対心立方格子ではa=b=c,α=β=γ=109.49°,面心立方格子ではa=b=c,α=β=γ=60°の菱形体格子に変換されることになる.

 これによって,CsClでは,格子点に交互にカチオンとアニオンが並ぶ菱形体格子が基本単位になり,これを各軸方向に2倍して8個の集まりを考えると,NaCl型の単位格子と同様のイオン配置をした大きな菱形体格子ができあがる.非直交座標軸に変換されるのだが,この菱形体格子ではa=b=c,α=β=γ=109.49°であることに注意して計算してみると,実際にマーデルング定数は収束値(1.76267)に向かった.

 直交ベクトルはわかりやすいし,便利なものであるから慣用的に用いられているのであろうが,CsClの場合は確かに直交座標があだとなってしまう.ベクトルの選び方・格子変換が収束に対してこれほど有用だとは思いもよらず,驚異的でさえあった.

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 ここで,立方格子をゆがめて,すべての辺の長さの等しい菱形体格子をつくってみましょう.平行六面体の体積は,スカラー三重積a↑・(b↑×c↑),すなわち,ベクトルa↑と外積b↑×c↑の内積で与えられますから,辺a,b,cが互いに60°の角度をなすようにすると,平行六面体の体積は最小値

  v=r^3/√2

となります(a=b=c,α=β=γ=60°).この配置を別の角度からみると,立方体の8個の頂点と6面の中心に点が配置されているところから,面心立方構造と呼ばれます.

 また,a=b=c,α=β=γ=109.49°の場合,見る方向を変えれば,立方体の8個の頂点と中心に球を配置されていて,体心立方構造と呼ばれます.

 面心立方構造,体心立方構造のウィグナー・ザイツセル(ボロノイ領域)をとると,それぞれ菱形十二面体,切頂八面体になり,これによって全空間を満たすことができるのです.

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