■結晶と相転移(その1)
2002年,ウルフラムは「A New Kind of Science」(NKS)というタイトルの1200ページにもおよぶ書籍を出版,セルオートマトンに世界中の注目を集めた記念碑となりました.
氷結・溶解・蒸発・結露・昇華など,相転移(phase transition)とは,あるシステムが(特定のパラメータが変化することで)ひとつの状態から別の状態に突然変化することをいいます.超伝導化や磁化の過程でも起こりますが,セルオートマトンはそのひとつのモデルとなります.
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【1】セルオートマトン
セルオートマトンでは,たとえば碁盤の面があり,各セル(あるいは格子状の各サイト)に対して白または黒の石を置くことを想定します.そして,初期配置と時間発展に伴う生死のルールを定めておきます.あるランダムな初期状態から出発すると,その後は決定論的な規則に従って,離散時間ごとに空間的パターンの発生と消滅が繰り広げられることになります.
たとえば,1970年,英国の数学者コンウェイにより考案されたライフゲームは2次元セルオートマトン法のはしりで,爆発的にヒットしましたからご存知の方も少なくないでしょう.このモデルでは,単純な初期配置と簡単な規則からは予想もできないほど複雑で多彩なパターンが作り出されます.ライフゲームの魅力の主な理由は,セルごとのレベルでは完全に予測可能であるのも関わらず,大きなスケールでの発展パターンには直観が効かないところにありました.
例として「グライダー」と名づけられた配置では,生きているセルが無限に自己増殖し続けます.このことはセルオートマトンが生物の自己複製や形態形成などのモデルの可能性を示唆するものであり,実際に,セルオートマトンは数理物理学や理論生物学のモデルとして広く適用されました.
70年代のライフゲームのブームが下火となった80年代前半に,ウルフラムは,2次元モデルが中心であったセルオートマトンに1次元モデルを導入しました.そして,物理現象を表す偏微分方程式をコンピュータで近似するかわりに,セルオートマトンを用いるスキームを開発したのです.
1次元セルオートマトン法では,セルの並びを横一列だけとします.そして初期配置と状態変化の規則を設定し,その時間ステップごとの変化を縦に並べると,2次元にある模様が現れます.ウルフラムはこうして得られた1次元セルオートマトンモデルが作り出すパターンを系統的に研究することによって,クラス1(均一),クラス2(周期的),クラス3(カオス的),クラス4(複雑)の4つのクラスに分類し,さらにセルオートマトンと微分方程式系との対応を初めて明らかにしました.
これが1984年に発表された有名な論文の要旨ですが,ウルフラムは微分方程式よりも彼のスキームのほうがデジタル・コンピュータに適していると主張します.このことによってセルオートマトン法は再び注目を浴び,様々な分野に適用されています.それについて多くを述べることはできませんが,加藤・光成・築山「セルオートマトン法」森北出版にその背景と応用が概説されています.以下,その中から,小生にとってショッキングだったウルフラムの天才ぶりについて,抜粋して紹介したいと思います.
『ウルフラムは1975年,16歳でオックスフォード大学に入学後1年でそこを去り,カリフォルニア工科大学の研究員の地位を得る.20歳で博士号を取得し最年少でマッカーサー特別研究員の第1期生となった.しかし,後のMathematicaの原型となるSMPの著作権をめぐって大学と抗争となりそこを去る.そして,多数の論文,著作を残した量子色力学の研究を放棄して,セルオートマトン理論の研究に参入する.』
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【2】平行多面体による相転移モデル
ところで,結晶格子は不変ではなく,たとえば金属結晶に鍛冶(高エネルギー下で変形させる)を施すと面心立方格子(菱形12面体)から体心立方格子(切頂8面体)に移行する(相転移).ミクロな物理現象では個々の原子の振る舞いを直接確認することはできないから,状態移行を説明するモデルが必要になる.
その途中を仲介する多面体やメカニズムが存在するはずであると考えるのは自然な発想であろう.波は膨張したり収縮したり「変身」するもの,粒子は「変身」しないものをイメージしていただきたい.そうすると,相転移の粒子性を解き明かすためのモデルが「ペンタドロン」であって,一方,波動性のメカニズムを解明するためのモデルが平行多面体同士の「変身立体」と考えられるのである.
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