■特異点(その16)

【2】縮閉線と伸開線(平行曲線の特異点はその曲線の縮閉線上に現れる)

 

 曲線の曲がり具合を記述する微分幾何学では,曲線の曲率中心の軌跡を縮閉線(エボリュート)といい,縮閉線に対してもとの曲線を伸開線(インボリュート)といいます.縮閉線の接線は伸開線の法線ですから,これら2曲線の間で測った長さは伸開線の曲率半径になります.

 

 縮閉線は楕円や円の曲がり具合と直接関係していて,たとえば,楕円と円の各点から法線を引くと,楕円の場合は4つのカスプをもつ曲線が浮かび上がってきます.また,円の場合は中心点に法線が集中してしまうことになります.

 

 このように,縮閉線は与えられた曲線の曲率中心においてその法線と接するので,縮閉線は与えられた曲線の法線からなる直線族の包絡線(エンベロプ)を求めることにより得られることがわかります.例をあげると,楕円:

  x^2/a^2+y^2/b^2=1

の縮閉線は,4つのカスプをもつ曲線(準アステロイド)

  (ax)^(2/3)+(by)^(2/3)=(a^2−b^2)^(2/3)

で,楕円の平行曲線の特異点は,その曲線の縮閉線である準アステロイド上に現れるのです.

 

 微分幾何学の基礎的知識によって,縮閉線の特異点が楕円と円の曲がり具合の違いを記述すること,平行曲線の特異点はその曲線の縮閉線上に現れること,したがって,与えられた曲線の法線の包絡線は特異点の集合としてとらえることができることなどが理解されます.

 

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 一方,伸開線は縮閉線に沿って置いた一本の糸をピンと張りながら広げていったときの糸の上の1点の軌跡と考えられます.すなわち,曲線Lのまわりに巻かれた糸があり,この糸をぴんと張ったままほどくと糸の自由端によって曲線Mが描かれるとします.MをLの伸開線,LをMの縮閉線と呼びます.

 

 円の伸開線,すなわち円に巻きつけた糸の一端の軌跡は

  x=a(cosθ+θsinθ),y=a(sinθ−θcosθ)

と表され,歯車の歯形として工学に応用されています.また,放物線:y=x^2の縮閉線はy=1/2+3(x/4)^(2/3)です.逆に,半立方放物線:y^2=ax^3の伸開線は放物線になります.

 

 定直線の上を転がる円の周に固定した点の軌跡であるサイクロイド:

  x=r(θ−sinθ),y=r(1−cosθ)

の縮閉線は

  x=a(θ+sinθ),y=−a(1−cosθ)

です.ここで,θ=π+tとおけば

  x=a(t−sint)+aπ,y=a(1−cost)−2a

ですから,もとのサイクロイドと合同なサイクロイドになることが示されます.

 

 カテナリー(懸垂線)の伸開線はトラクトリックス(追跡線)と呼ばれています.

  x=a(logtan(θ/2)+cosθ),y=asinθ

 追跡線上の点と,その点での接線がx軸と交わる点との距離aは常に一定です.この性質が追跡線というこの曲線の名前の由来で,ある長さのひもの先に石を結びつけて引っ張りながらx軸上を歩くと,石の通る軌跡が追跡線になります.追跡線をx軸(漸近線)のまわりに回転すると,曲率が負で一定の曲面(擬球面)ができます.定数aをその擬半径といいます.

 

 驚いたことに,この曲面上の幾何学はユークリッド幾何学の平行線の公理を「直線外の1点を通り,その直線に平行な直線は無数に存在する」によって取り替えて導かれる双曲的非ユークリッド幾何学と同じになります.双曲的非ユークリッド幾何学はボヤイとロバチェフスキーがそれぞれ独立に,しかもも同じ時期に発見したものです.

 

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