■もうひとつの14面体(その2)

【2】ケルビンの14面体

 

 (問)ビールの泡のひとつひとつが同じ体積だと仮定して,表面張力で泡と泡の境界の総面積が最小になるとき,泡はどんな形か?

 

 1887年,英国の物理学者,ケルビン卿(ウィリアム・トムソン)は14面体の集合によって空間を満たすことができ,そのときの界面積は菱形十二面体で満たしたときより小さいことを発見しました.すなわち,14面体は表面張力を最小とする空間分割構造であると考えることができます.

 

この14面体(α-14面体)は,3対の合同な四角形の面と4対の合同な6角形の面とで囲まれています.最も簡単な場合は,6個の正方形と8個の正六角形とからなり,すべての辺の長さが等しいもの,すなわち,切頂八面体です.切頂八面体は16種ある準正多面体(アルキメデス体)のひとつです.

 

 切頂八面体とα-14面体の関係は,立方体と平行六面体の関係に相当します.たとえば,諏訪紀夫「病理形態学原論」岩波書店には,α-14面体の代表例として8個の合同な六角形,4個の合同な平行四辺形,2個の合同な矩形の面をもち,面はすべて平面となる立体が収載されています.

 

 このようなα-14面体は無限にありますが,とくに,すべての辺の長さの等しいものは,ケルビンの14面体と呼ばれています.ケルビンの14面体は切頂八面体をやや引き伸ばした形であって,切頂八面体のような等方14面体の条件は満足されませんが,単一の多面体による空間分割は可能です.

 

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【3】ウィリアムズの14面体

 

 α-14面体は,長い間,単一の多面体で空間を隙間なく分割しうる唯一のものと信じられてきました.面を平面にするという条件下にはこれは今日でも通用することです.しかし,その条件を外せば,空間充填14面体にはもう1種類あることを,1968年になってウィリアムズが報告しています.これがβ-14面体ですが,この間,実に1世紀近い年月の隔たりがあります.

 

 β-14面体は,8個の合同な五角形と4個の合同な六角形と2個の合同な四角形をもち,それらの面は必ずしも平面である必要はありません.正方形の面は平面にできるのですが,その他の面はいずれも曲面(凸面,凹面,S字状の湾曲した曲面など)になります.

 

 α-14面体に比較しても,辺が曲線になったり,面が曲面を含む点で幾何学的性質の単純さは劣りますが,五角形の面をもつという利点があります.すでに説明したように,分割多面体では5角形の面が最も多いのですが,α-14面体はまったく5角形の面をもちませんから,β-14面体のほうが空間分割のある側面をよく表していると考えることができます.

 

 β-14面体のほうが形の上で実際に近いとはいっても,それだけでモデルの優劣を判断するわけにはまいりません.しかし,平面に投射した形を考えてみると,β-14面体による空間充填は,スケールを大きくとることによって,5角形による平面充填配列に近づいていきます.この5角形とは正五角形ではなく,カイロのタイル貼りと呼ばれる歪んだ5角形によるタイル貼りのことであって,正方形と正三角形によるアルキメデスの平面充填形の双対として得られるものです.

 

 一方,α-14面体を平面のタイル張りに還元するには,かなり著しい変形を加えなければなりません.このことは,血管の分岐様式が二分岐になるためのモデルとして,多面体が奇数の辺をもつβ-14面体のほうが都合がよいことを意味していて,諏訪氏はβ-14面体の存在理由を非常に重要なものと考えています.

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【4】ウィアの12面体・14面体

 

 1994年,アイルランドの物性物理学者,ウィアは合金構造をヒントにもっと面積が小さくなる解を発見しました.同じ体積の2種類の多面体による空間充填なのですが,12面体(5角形12枚)と14面体(5角形12枚と6角形2枚)が1:3の割合で並ぶものです.

 

 もちろん,この12面体は正十二面体ではありません.ウィアの空間充填では,ウィリアムズの14面体の場合と同様に,辺や面には微妙な曲がりが含まれています.曲面の高精度計算がコンピュータでできるようになったことがこの新発見に繋がったのですが,辺や面を微妙に調節することによって空間充填が可能となるのです.

 

 また,ウィアの空間充填では,ウィリアムズの14面体よりも多くの五角形の面をもつという特徴もあげられます.ともあれ「同じ体積の泡が集まっているときに,境界面積が最小となる泡の形は何か?」は,泡の種類を増やせば面積をもっと減らすチャンスがあるのです.

 

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