■素数の並び方に規則性はあるのか?(その26)

 ゼータは数の世界,量子カオス系は原子核物理の世界の住人である.両者の棲む世界はまったく異なり何の接点もないように見える.にも関わらず,どちらも同じ法則で支配されているという・・・.

 

 今回のコラムでは

  [参]量子カオスの物理と数理,サイエンス社

を参考文献として,ゼータ関数の零点分布の話を取り上げたい.このように同じ法則がまったく別の方面から現れることになにか「神秘」を感じないだろうか.

 

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【1】リーマン予想

 

 ゼータ関数は,整数をわたる無限和(ディリクレ級数)

  ζ(s)=Σ1/n^s

として定義される関数である.

 

 また,ゼータ関数は素数全体をわたる無限積

  ζ(s)=Π(1−p^(-1))^(-1)

      =Π(1+1/p^s+1/p^2n+1/p^3n+・・・)

      =(1+1/2^s+1/2^2n+1/2^3n+・・・)(1+1/3^s+1/3^2n+1/3^3n+・・・)(1+1/5^s+1/5^2n+1/5^3n+・・・)・・・

に等しいことがわかっている.右辺

  Π(1−p^(-1))^(-1)

はディリクレ級数を丸ごと素因数分解したようなものであって,オイラー積と呼ばれる.

 

 1859年,リーマンはゼータ関数ζ(s)の複素零点はすべて実部が1/2であるという仮説を発表した.これがかの有名なリーマン仮説であるが,140年以上経たいまも証明されないままになっている.そのため,数学における未解決問題のうち最も難しいものと考える人も多い.

 

 リーマン予想は,一部に素数定理なども含む数学上の最大の難問であって,素数定理

  π(x)〜x/logx

を精密化する問題と考えることができる.

 

 部分積分により

  ∫(2,x)dt/logt=x/logx+1!x/(logx)^2+・・・+(m−1)!x/(logx)^m+・・・

であるから,素数定理はπ(x)の初項だけを求めた定理であるといえるだろう.そこで素数に関する未解決問題を解くにはリーマン予想の証明が重要になってくるのである.

 

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 ヒルベルトは,リーマンのゼータ関数ζ(s)の零点がランダム・エルミート行列の固有値のように分布していると推測し,1915年頃,ポリアとともにゼータ関数の零点をスペクトルとして解釈できないだろうかと提案した.

 

 とはいえ,そのような数学的証拠が実際になければそれは理論上のことに過ぎない.そして,1956年,ゼータ関数の零点スペクトルはセルバーグ・ゼータ関数の発見ではじめて実際に関係づけられることとなった.ヒルベルトとポリアの提案が予想の枠をこえて現実味を帯びてきたのである.

 

 このとき開花したS型ゼータ(セルバーグ・ゼータ)は20世紀数学の最大の発見という人もいるほどであるが,リーマン・ゼータのようなA型のゼータ関数をS型ゼータ関数として表すことによりリーマン予想を解決しようという哲学が「ゼータ統一理論」である.

 

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 一方,コンピュータの発達により数値解析の研究が進み,モンゴメリーやオドリズコの数値計算によって,ゼータ関数とランダム行列理論との関連が見いだされた.

 

 ゼータ関数の複素零点は

  ζ(1/2+i14.134725・・・)=0

  ζ(1/2+i21.022040・・・)=0

  ζ(1/2+i25.010856・・・)=0

  ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

と続く.

 

 ここで,リーマン仮説が成り立っていることを仮定し,ゼータ関数のj番目の零点を

  1/2+igj

と書くことにすると,ゼータ関数の零点の密度は実軸からの距離とともに対数的に増加するので,その平均間隔によって正規化

  gj~=(gjloggj)/2π

すると

  gj~〜j

すなわち,隣り合う零点の間隔は平均1となる.

 

 ベル研究所のオドリズコは正規化された零点の間隔について詳細な数値計算を行い,隣り合った二つのgj~の差に関する度数分布図の結果がGUEとほぼ完璧に一致することを示した.

 

 また,モンゴメリーは正規化された零点のペアに関する相関を調べ,ダイソンはそれがランダムなユニタリ行列の固有値の相関関係

  1−(sinπΔE/πΔE)^2

と同じものであることに気づいた.

 

 このような零点の分布は偶然とは考えにくく,零点虚部はある未知のエルミート演算子の固有値である可能性が強いと考えられた(モンゴメリー・オドリズコ予想).

 

 零点の間隔分布がGUEのスペクトル統計に一致することが精密な数値計算により予想されたのだが,このようにランダム・エルミート行列の隣り合う固有値の間隔分布を行列の次数を無限大にして考えた理論曲線と一致したことは,数論研究者にとって衝撃的な結果であった.

 

 これらのことにより,ゼータ関数の零点分布がランダム行列理論で得られる関数で表されることは予想されていたのだが,近年,ルドニックとサルナックはこれを部分的に証明したという.

 

 このようにゼータ関数の零点を作用素のスペクトルと関連づけて解釈しようとする数論の新しい動きを総称して「数論的量子カオス」と呼ばれる.素数を周期軌道,零点を固有値と読み変えることによって,ゼータ関数が仮想的な量子系を表現していると考えることができるというのである.

 

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