■中央二項係数とカタラン数(その8)

格子上のランダムウォーク(乱歩)

 

 最初に,1次元格子の場合について知られていることをおさらいしておきましょう.粒子がx軸上の1次元格子

  ・・・,−3,−2,−1,0,1,2,3,・・・

の上を原点から出発し,時刻t=1,2,・・・ごとに確率pで正の方向に1,確率q=1−pで負の方向に1だけ移動する運動を1次元単純ランダムウォークといいます.

 

 nステップにおける位置xnの平均と分散は,2項分布より,

  E(xn)=nε(p−q),V(xn)=4nε2pq

ε(p−q)は1歩あたりの平均移動量と考えることができます.対称,すなわち,p=q=1/2の場合は

  E(xn)=0,V(xn)=nε2

 ところで,「ド・モアブル=ラプラスの定理」とは,

 {xn−E(xn)}/√V(xn)

が正規分布で近似できることを示すものです.この定理は2項分布の正規近似ですが,中心極限定理の特別な場合にあたっていて,エーレンフェストのふるいという簡単な模擬実験を行うと視覚的にもそれを確認することができます.正規分布の1種の量子論的解釈と考えることもできましょう.→【補】

 

 対称単純ランダムウォークでは両隣に等確率1/2でジグザグ移動するのですから,たとえば,コインを投げて表がでれば右へε,裏がでれば左へε進む人のモデルであって,この軌跡は酔っぱらいの彷徨(酔歩)だと比喩的にいわれています.「ド・モアブル=ラプラスの定理」から,n回のステップののち,その人がx=kεのところにいる確率は,nを十分大にすると平均0,分散σ2=nε2の正規分布N(0,nε2)に近づくことを示しています.

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 さらに,1次元対称単純ランダムウォークについては,「滞在確率の逆正弦則」がよく知られています.右,左へ進む確率はそれぞれ1/2ですから,原点の近くをウロウロし,右,左の領域に半分ずつ存在したと予測するのが常識的ですが,この常識は破られます.結論を先にいうと,実際にはどちらか片方にばかりにいる確率が大というのがこの法則なのです.

 この人が原点より右にいる時間をx(左にいる時間を1−x)とするとその確率密度は

  f(x)=1/π・{x(1-x)}^(1/2)

であり,対応する累積分布関数は

  F(x)=2/πarcsin(√x)

となります.その滞在確率の式中にアークサインが現れることから,「逆正弦則」という名で呼ばれます.

 

 この分布の平均は1/2ですが,そこはU字型分布の谷底であり,一番確率が小さいところになっています.つまり,右,左の領域に半分ずついるのは,もっとも起こりそうにない事象なのです.この分布はxが0または1に近いほど確率が高く0,1で発散する,ということは常にどちらか片側の領域にいることを意味しています.

 

 このことより,この法則は,技量伯仲の2人が何回も勝負をするとき,勝ち負けの回数はほぼ同じであっても,勝負の累積点数は一方的なリードが続き,極端にかたよる場合が多いこと,すなわち,「運」なり「つき」なりの確率論的基礎にあたると考えているひともいます.いずれにせよ,常識とはかなり違った結果となるので興味深いものがあります.

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