■炭素結晶(その1)

【1】ダイヤモンドの数理

 ダイヤモンドが炭素原子のみから形成されていることは1796年には認知され,1913年にはブラッグ父子によりその原子配列が解析されている.ダイヤモンド格子は正四面体の重心と頂点に位置する.すべての頂点の次数は4で,ダイヤモンドの最大周期格子は面心立方格子A3である.正四面体状球配置の密度はπ√3/16=0.340であり,面心立方格子状の最密球配置:π√2/6=0.74,立方体状球配置:π/6=0.524に較べて疎であるが,炭素原子からはそれぞれ4本の手がでていて,隣り合う4点と2本の手を共有しできる限り対称的なものを作り上げていることになる.

そのため,非常に硬い物質(金剛石)で,熱伝導率も高く,比重は3.52,屈折率は2.42である.水の屈折率は1.33,他の天然宝石の屈折率が1.5〜1.9であるのに比べて格段に大きいことがわかるだろう.

 つまり,光線がダイヤに入るときとても大きな角度で曲がり,表面に対して垂直から24°以上離れた光線は完全に反射され,ダイヤからでてこれない.この角度は水の48°,ガラスの42°に較べ非常に小さい.

 雨が降った後,空が清らかに晴れてきても空中には無数の小水滴が浮遊している.これに太陽光線が入射すると,光の分散が起こり虹を生ずる.透明でさえあればどのような物質からできていても光の分散は起こる.水(屈折率≒4/3)であっても,ガラス(屈折率≒3/2)であっても虹はできるのであるが,反射する球体の屈折率が2以上の場合,たとえばダイヤモンド(屈折率=2.42)の場合,虹のできる様子は水滴の場合とはかなり異なってくる.どのような透明体であっても差し支えないわけではなく,水の屈折率が1.3程度であったおかげで,われわれは美しい虹を見ることができるのである.

 ダイヤモンドの4C(カラット,カラー,クラリティー,カット)というのを聞いたことがあるだろう.純粋に炭素原子のみからなるダイヤモンドは無色だが,100万に1つの炭素がホウ素に入れ替わるとブルーの発色が起こる.また,カットの仕方によってカラーとクラリティーが違ってくる.光の屈折と反射の具合は,含有されている夾雑金属元素にもよるのであろうが,多面体の形によっても決定される.

 ダイヤのカットは何千年も昔から行われている作業であるが,ダイヤモンドのブリリアンカットの原型はベネチアのガラス職人・ベルッチによって与えられた(1700年).そして1919年(大正8年),ベルギーの数学者で宝石職人でもあったトルコフスキーが数学を駆使して設計した58面がダイヤモンドを魅惑的に光り輝かせることになったのである.

 トルコフスキーはアントワープで,ダイヤモンドの細工と商売で有名な一家に生まれた.ロンドン大学の大学院生であった1919年に「ダイヤモンドのデザイン」という本を出版した.トルコフスキーはダイヤモンドの上部の平らな面から垂直に入った光線の経路を研究し,光がダイヤの内側1回,2回と反射したときに完全に内側に反射するようにダイヤ下部の傾斜角度(40.45°)を求めた.

 この角度では入ってきた光のほとんどすべてがダイヤの正面からまっすぐ外に出るため,最も明るく輝いて見えるし,かつ,反射された明るい輝きと色のスペクトルの分散との間の最適なバランスを研究し,58の面をもつ美しいブリリアントカットを作り出したのである.

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