■セルオートマトン(その5)

【5】二項係数とパスカルの三角形

 70年代のライフゲームのブームが下火となった80年代前半に,ウルフラムは,2次元モデルが中心であったセルオートマトンに1次元モデルを導入しました.そして,物理現象を表す偏微分方程式をコンピュータで近似するかわりに,セルオートマトンを用いるスキームを開発したのです.

 まるで科学者に対して挑んでいるかのように思えるこの問題の数学的解答が,拡散方程式であり,その離散化が二項展開あるいは三項展開である.そして,二項展開(二項定理)の係数を三角形状に並べたものがパスカルの三角形である.たとえば,

  (1+x)^5=1+5x+10x^2+10x^3+5x^4+x^5

で,先頭と最後が常に1となり,その間の数値は前の行の連続した数値を加えていくことに得られる.係数が奇数である場合にそのセルを黒くするとセルオートマトンの規則90

  Ci(t+1)=Ci-1(t)+Ci+1(t)  (mod2)

で与えられるようなネスト型の三角形パターンを生成する.

 規則150

  Ci(t+1)=Ci-1(t)+Ci(t)+Ci+1(t)  (mod2)

は三項展開の係数と関連している.たとえば,

  (1+x+x^2)^8=1+8x+36x^2+112x^3+266x^4+504x^5+784x^6+1016x^7+1107x^8+1016x^9+784x^10+504x^11+266x^12+112x^13+36x^14+8x^15+x^16で,最初と最後の係数のみが奇数である.

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 1次元セルオートマトン法では,セルの並びを横一列だけとします.そして初期配置と状態変化の規則を設定し,その時間ステップごとの変化を縦に並べると,2次元にある模様が現れます.ウルフラムはこうして得られた1次元セルオートマトンモデルが作り出すパターンを系統的に研究することによって,クラス1(均一),クラス2(周期的),クラス3(カオス的),クラス4(複雑)の4つのクラスに分類し,さらにセルオートマトンと微分方程式系との対応を初めて明らかにしました.セルオートマトンによって偏微分方程式の近似解が与えられ,自然界の様々なモデル化が可能であることを指摘したのです.

 これが1984年に発表された有名な論文の要旨ですが,ウルフラムは微分方程式よりも彼のスキームのほうがデジタル・コンピュータに適していると主張します.その後,2002年,ウルフラムは「A New Kind of Science」(NKS)というタイトルの1200ページにもおよぶ書籍を出版,セルオートマトンに世界中の注目を集めた記念碑となりました.このことによってセルオートマトン法は再び注目を浴び,様々な分野に適用されています.

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