■コペルニクスの逆定理(その29)

  ペリトロコイド星状図形の面積は[π/8,π/4)であった。

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【1】掛谷の問題

 1917年,掛谷宗一は「長さが1である線分を1回転させるのに必要な最小面積の図形は何か」という問題を提出しました.

(凸図形の場合)

 (例1)線分ABをAの回り180°回転した半円:面積π/2

 (例2)ABを中点Oの回りに360°回転した円:面積π/4

 (例3)ルーローの三角形(正三角形の各頂点を中心として他の2頂点を通る円弧を描いてできる定幅図形):面積(π−√3)/2

 平面における定幅図形(いかなる方向に関しても等しい幅をもっている図形)は円だけではなく,そのような形状は無数にあります.定幅図形の中で最大の面積をもつものは円であり,最小の面積をもつものはルーローの三角形です(ブラシュケ・ルベーグ,1914年).

 実は凸領域となる最小の領域は,高さが1の正三角形(面積√3/3)であることが藤原松三郎によって予想され,1921年,パルによって証明されています.

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(星状図形の場合)

 それでは,凸領域でなくてもよいとしたとき,解はどうなるのでしょうか? この問題は多くの予想を生み出しました.たとえば,デルトイドでは長さが一定の線分をデルトイドに接しながらスムーズに1回転させることができるので,掛谷はデルトイドが「掛谷の問題」の解であると予想したのです.

 (例4)直径3/4の円を固定しておいて,その円に直径1/4の円を内接させて転がしたときにできるデルトイド:面積π/8

 単連結となる最小の領域は,面積π/8のデルトイドと予想され,掛谷自身,π/8が最小値であると予想しましたし,多くの数学者も答はデルトイドではないかと予想していたようです.

 ベシコビッチの論文がでた1927年以降も,単連結となる最小の星状領域はデルトイド(面積:π/8)であると信じられていました.ところが,これらより面積が小さい図形が考えだされました.デルトイドが3個の尖点をもっていることに着目すると,5個の尖点,7個の尖点,・・・をもつ図形を考えることができるのです.

 たとえば,2n+1個の尖点と円弧をもち,図形全体が内接している円に直交している星状領域(面積:Sn)を考えると,n→∞のとき

  Sn→(5−2√2)π/24<π/11

を示すことができます.この形はフーコーの振り子を何万回もらせたときの形になり,その面積はπ/11よりも小さくなります.

 このようにして,単連結となる最小の星状領域は,面積π/8のデルトイドではなく,別の星状図形であることがブルームとシェーンベルグにより発見されました(1963年).

 その後,カニンガムによって,δを中心から長さ1の線分までの垂直距離とすると

  1/27Σarcsin6δ≧π/108

であることより,与えられた最小の星形掛谷集合の面積の下限はπ/108と(5−2√2)π/24の間にあることが示されています(1971年).すなわち,尖点の個数を増やしたとしても面積を際限なく減らすことは不可能で,その面積はπ/11より大きくはならないし,π/108以下にはできないこと,そして下限は(5−2√2)π/24以下であるというわけです.

  π/108≦K≦(5−2√2)π/24<π/11

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(非単連結図形の場合)

 単連結というのは内部に穴がひとつもない図形のことですが,その条件さえも緩めたらどうなるでしょうか? 実は,単連結でなくてもよいとしたとき,ベシコビッチによって「前後を方向転換できるいくらでも面積の小さい図形を作ることができる」ことが証明され,掛谷の針の問題は意外な顛末を迎えました(1927年).

 その際「ペロンの木」と呼ばれる図形操作を使って証明するのですが,ハンドルを細かく切り返すジグザグ運動を続けることで,1kmの長さの針でも,切手1枚分の面積の図形の中で頭と尻尾を逆に方向転換できるというのですから,ベシコビッチの証明は直観に反しています.予想外であるうえ,常識ではとても受け入れられものではありません.多くの数学者にとっても予想が裏切られる結果になったわけで,その驚きはいかに大きかったであろうかと推察されます.

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(単連結図形の場合)

その後,カニンガムによって,与えられた最小の単連結掛谷集合の面積の下限は再び0であることが証明されました.したがって,

 凸掛谷集合の面積の下限:√3/3

 星形掛谷集合の面積の下限:  π/108≦K2≦(5−2√2)π/24<π/11

 単連結掛谷集合の面積の下限:K1=0

とまとめられます.単連結図形による掛谷の針の問題にはまだ未解決な部分が残されているのです(実解析学における未解決問題).

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