■ポリトープを巡る人々(その5)

 円通寺住職を長く務めた故・乙部融朗は複雑な4次元多胞体の針金模型を数多く製作している.

 製作の第1段階では,針金を熱しておいてから,降伏点を越えるまで伸ばし所定の寸法に切断する.こうすれば精度よく加工できるのだという.

 次はハンダ付け.4次元模型は内部構造をもつので,隙間から内部をハンダ付けするのも始末が悪いと思われるが,それが終われば,細い筆で1本1本の針金を塗装する.

 しかし,老師はそれを厭わない.紙模型は不透明で,内部が見えないから発見できないことも多く,理論がたてられないというのがその理由である.

 師の作品の多くは,現在,東京大学数理科学研究科(河野俊丈教授)にて保管所蔵されている.

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 乙部自身の才能,熱烈な好奇心,集中力,これらにより師は針金模型の達人になり得たのであるが,忘れてならないのは師が電気工学の博士号をもっていることである.遺稿集には'signal transmission in electrical communication'なる用語で,4次元多胞体の関連性を論じているが,師は4次元多胞体の針金模型の先に通信理論への応用を見据えていたのではなかろうか?

 氏によると、幾何学とは幼児が大好きなおもちゃで何時間も飽きることなく遊び続けるように,無邪気に4Dと遊ぶことが大切だということである。幾何学=戯画学の本質とはアタマだけでなく,目耳鼻手を働かせて真剣に遊ぶことが研究なのであると・・・.幾何学に王道なし,たとえ一国の王といえども努力しないで数学を習得するための近道はなく,自分の足で目的地へ到達しなくてはならないのだ.幾何学が苦手な読者はじっくり時間をかけて読むことを勧める次第である.

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