■ゼータの香りの漂う公式の背後にある構造(その34,杉岡幹生)

 虚2次体Q(√-3)ゼータとは何か?をごく簡単に説明します。これは”方程式のゼータ関数”に属するゼータになります。

 虚2次体Q(√-3)ゼータは、オイラー積表示で示すと次のようなものです。

F(s)=Πp 1/(1−αp・p^(-s)) -------@

(ここにpは3以外の素数をわたる)

 @のαpは、合同方程式 x^2=-3 mod p(pは3でない素数,p=2のときはαp=-1)をあらゆる素数について解いていき、解がある場合αp=1、解がない場合αp=-1と決めていきます。しかし、これは簡単ではありません。この方程式をすべての素数pに対して解くのではいくら時間があっても足りませんし、各pでαpの値がいったいどうなっていくのか?皆目見当がつかないからです。

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 もっと構成的、規則的、算術的にαpを求める簡単な方法はないのでしょうか?

 じつは、ありまして、それが平方剰余の相互法則と言われるものです。平方剰余則を使うと、なんと、構成的、規則的にαpを生み出していくことができるのです! それはある意味、保型形式の理論を用いるものともいえます。平方剰余の相互法則はガウスらによって深く研究されました。

 世界的な数学者・加藤和也さんは、このような難しいことが簡単なことに置き換えられる事実に対し「たいへんふしぎなことだ」と、名著「解決!フェルマーの最終定理」(加藤和也著、日本評論社)で述べていますが、私もふしぎです。ここに書いている内容は加藤さんの本を大いに参考にしています。

 このように難しい方程式のゼータ関数が、簡単な保型形式のゼータ関数(ディリクレのL関数L(χ,s)です)に一致することがわかっています。

 これまで、”虚2次体Q(√-3)”と書いたときに、”ディリクレのL関数L(χ,s)”という形で表現していたのはこういう理由があったからです。すなわち、@のゼータは、次のようなディリクレ指標をもつLA(s)に一致する。

 LA(s)=1 -1/2^s +1/4^s -1/5^s +1/7^s -1/8^s +1/10^s -1/11^s +1/13^s -1/14^s +1/16^s -1/17^s +1/19^s -1/20^s +1/22^s -・・

(導手N=3, n≡0, 1, 2 mod 3に対し、それぞれχ(n)=0, 1, -1) -------A

 このゼータは”mod 3”でディリクレ指標χ(n)が完全に決まってしまうので、LA(s)の導手NはN=3となります。導手Nとはχ(n)を決める最小単位のことです。

 L(χ,s)は一般的には次のようになります。Aのχ(n)の規則で、上記LA(s)が構成されていることを確認してください。

 L(χ,s)=χ(1)/1^s +χ(2)/2^s +χ(3)/3^s +χ(4)/4^s +χ(5)/5^s +χ(6)/6^s + ・・・

 なお、2次体には実2次体ゼータというのもあります。それはQ(√m)のmが正の整数の場合のものです。実2次体でも上記と同様の議論が成り立ちます。

注記:Q(√m)のmは、実2次体でも虚2次体でも、平方数でない整数です。

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追記<2次のゼータ>

 上記@のオイラー積表示の中の1−αp・p^(-s)はp^(-s)の1次式です。2次式をもつゼータが、20世紀にラマヌジャンやヘッケにより発見されました。

 F(s)=Σn τ(n)/n^s =Πp 1/{1−τ(p)p^(-s) +p^(11-2s)}

 {1−τ(p)p^(-s) +p^(11-2s)}の中はp^(-s)の2次式となっていて2次のゼータと呼ばれます。2次のゼータにおいても、難解な方程式の楕円曲線ゼータが、簡単な保型形式ゼータと一致する(一致するものが保型形式中に存在する)というふしぎなことが起こります。このふしぎが谷山・志村予想であり、ワイルズやテイラーにより証明されたのは有名な話です。

 これに関係する話が、佐藤郁郎氏のコラム「おかあさんのための数学教室(その66)」にあります。アイヒラーが楕円曲線方程式の解の個数を、保型形式から構成的、算術的に導出した様子が示されています。

http://www.geocities.jp/ikuro_kotaro/koramu2/12274_w3.htm

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