■学会にて(形の科学会)

 この土日,金沢で開催された形の科学会に参加.印象に残ったことをいくつかレポートしてみたい.

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【1】箕(み)の曲面

 箕とは米麦豆と泥土をふるい分ける農具の1種である.ふるい分けるといっても孔の大きさ別に分別するのではなく,これらの混合物をわずかに放りあげたときに生ずる流体力学的な風圧,空気力学的な圧差を利用して,相対的に軽い不純物が排除される仕組みになっている.

 箕はU字型の腕木に板身を張った構造物で,板身の断面の形は弾性曲線になっているという.展示された模型は本物の箕ではなく,正方形のプラスチック・シートの2端を切り取って箕型に成形したものであったが,これも弾性曲線を意識したものであろう.

 竹編み細工の板身であればそれは弾性体であり,また,いまでは実際にプラスチック性の箕が用いられているので,上のような説明で頷けるが,一般的な箕は腕木を軸としてイタヤカエデの枝などを割いて編み込んだものというから必ずしも弾性曲線である必要はないかもしれない.

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 形の科学会では「美しい形」の話がよく取り上げられる.その多くは動植物など生物のかたちに主眼がおかれ,ときおり建築などの人工物が取り上げられる.しかし「箕」のような農具が扱われることは極めて少ないだろう.

 久保光徳先生(千葉大学・工学研究科・意匠形態学研究室)のご発表であったが,このような「埋もれた形」に着眼できる「感性」をうらやましく思った次第である.

 ところで,家内は箕のような形のチリトリを愛用している.床面にフィットしチリをよく回収できる優れもので,大変重宝しているようだ.シートに相当する部分の素材は薄く削られた木材で,2カ所に切り込みを入れて貼り合わせてある.これも「箕」の拡張といってよいだろう.

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【2】高次元空間充填を応用した3次元パズル

 群の決定は今日では完成しているとはいっても,そこから派生する結果を3次元人に説明するのは,たとえその3次元人が数学者であったとしても困難を極める.実は数学者といっても3次元空間をイメージすることはやさしいことではなく,その証拠に,数学の研究会では2次元図形を取り上げる研究者はいても3次元図形を取り上げる研究者は少なく,4次元以上となると皆無である.

 高次元の図形研究者は多面体(有限離散群)を扱ったり,空間充填(無限離散群)を扱ったりするが,後者から生ずる図形は前者よりももっと広い対象となる.

 私が高次元図形の研究者であることは最近やっと認知されてきたと思われるが,私がとくに美しいと感じるのは「An無限離散群」である.An無限離散群の基本領域はn次元ユークリッド空間内の単体となる.Bn無限離散群であってもCn無限離散群であっても,その基本領域はn次元ユークリッド空間内の単体となるのであるが,An無限離散群の基本単体は直交する辺をもたないという特徴があるからである.

 An群無限離散群の基本単体は空間充填図形かつ等面単体と特徴づけることができる.A2群無限離散群の基本単体は正三角形,A3群無限離散群の基本単体はサマーヴィルの四面体である.サマーヴィルの四面体は正三角柱内を3周期的に充填させることができる(3周期).4次元サマーヴィル単体はサマーヴィルの四面体柱を4周期的に充填させることができる.5次元以上であっても同様の関係が成り立つ.

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 ところで,サマーヴィルの四面体を用いて正三角柱内を充填させることは可能であるが,実際にやってみると,思ったより簡単ではないようで,イメージミッション社の前畑さんによるとパズルのような「手詰まり感」があるとのことであった.4次元サマーヴィル単体となるとなおさらである.

 また,3次元人の陥りやすい盲点に「対掌体」がある.対掌となる四面体を3次元空間で重ね合わせることはできないが,4次元では重ね合わせが可能である=すなわち合同なのである.実はこの辺の事情は2次元・3次元間でも起こっているのであるが,われわれが3次元人であるため,意識されることは少ない.

 4次元サマーヴィル単体を応用した3次元パズルにはこのような盲点も生ずる.もし商品化されることになったら,この辺の事情をあらためて解説すろことにしたい.

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