■雑感(閑話50作目を完結して)

 徒然なるままに書き綴った文字どおりの閑話も,前回のコラムで50作を迎えました.これまで科学記事を中心に連載してきましたが,前回のコラムでは,科学記事の冒頭部分に教育問題を据えました.まったく異質なものが同居し,コラムの体裁としてあまりふさわしくないと思われたのですが,思い切って書くことにしました.
 
 その理由について補足しますと,私は悲観論者ではないのですが,昨今,子供達はコンピュータ・ゲームなり携帯電話なりで悦楽のときを享受することに目覚め,一方,大人達はゲームやビデオを与えることによって子育てを器械に任せきりで,実質的には放棄しているといってもよい状況に危機感を抱かざるを得ないのです.そして,大人達はといえば,自身もインターネットに夢中になって,私の職場には,四六時中インターネットサーフィンに興じている強者も実在します.もっとも,かくいう私も勤務中にもかかわらずこの記事を書いているので,あまり大きいことはいえないのですが,・・・
 
 確かに,現代は身の回りに有用・無用の情報が氾濫しています.それでは情報が増加して人は賢明になったかと問われると,現実には過剰な情報に振り回される人間像が目につきます.まさに,情報インフレーション時代です.産業界も,海外のコンペティタに遅れをとっては大変とITによる巻き返しのチャンスに躍起になっていますが,情報革命は,個々人が情報に埋もれずに情報を有効に使う能力が向上しない限り,軽薄短小な情報オタクを生み出すだけの現象で終ってしまう可能性が大でしょうから,産業界のもくろむ日本主導への巻き返しはますます困難となることが予測されます.
 
 だから,今こそ産業界・教育界は次代を担うパワーのある人材を発掘・育成してほしいし,そのためには現行の評価基準の見直しを含め,決して小手先ではない有効な大鉈をふるう必要があるしょう.これまでもこのコラムで幾度も取り上げてきたテーマですが,外部評価は研究者であれば論文数,会社員なら契約高,公務員なら残業時間とか,こういった実に単純なアウトプットだけを指標としてなされるのが現行の評価システムですが,これは悲しむべきことといえましょう.
 
 たとえば,学位を審査する教授ですら論文の数で評価される時代ですから,これまでの論文をリアレンジして論文を粗製濫造する風潮があり,世の中には何らアイディアを感じさせない・何の役にもたたない論文が氾濫しています.アウトプットオンリーの評価は私にいわせれば近視眼的であって,長い目で見れば科学の発達にとってマイナスであり,その人のポテンシャルの高さを試験して評価するシステムのほうが望ましいというのが意図するところです.
 
 またまた,前置きが長くなってしまいました.全50話で一貫した主義方針になっているかどうか不安も残るのですが,今回は全50話完遂に寄せる思いについてのコラムを設けて,普段は本文中に記すことができないことを存分に書かせていただきたいと存じます.著者の独善や自己満足に過ぎないとお叱りを受けるかもしれないのですが,通算50話を達成した記念ということで,何卒ご勘弁願います.
 
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 さて,今年の事件だったと記憶しているが,江沢民主席がイスラエルを訪問し,イスラエル製のスティルス戦闘機を自ら購入して物議をかもしたことがあった.台湾への威嚇が目的と思われるが,中国と台湾の冷戦下,それは火に油を注ぎかねないことだし,当然アメリカは激怒した.江氏は工学畑の出身,自動車のエンジニアをしていた実務経験もあるようで,軍事政策上の意味からも,スティルス戦闘機に興味を持ったのであろう.
 
 英国の首相だった鉄の女,マーガレット・サッチャーが単分子膜の研究者であったことはあまり知られていない.並みいる野党の論客を論破したサッチャーさんがどんな顔をして単分子膜の実験をしていたのかを想像すると,思わず顔面の筋肉がゆるんでしまう.
 
 フランスの数学者ポール・パルンヴェはパルンヴェ方程式と呼ばれる微分方程式に名を残す偉大な数学者であったが,それと同時に著名な政治家でもあった.数学から政治に転じ,そのために多くの時間を奪われるようになったことは惜しまれるところだが,衆議院議長の要職にあっても,週に2回はソヌボンヌで流体力学の講義をしていたというから驚かされる.同年,大統領候補に立って落選したが,パルンヴェ方程式自身は,100歳になる現在でも新鮮さを失わず異彩を保ち続けているのである.
 
 転身のいきさつはさておき,政治家としての彼らに対しては毀誉褒貶さまざまであろうし,それを論ずるつもりはない.それでは何をいいたいのかというと,小生は学問の上でも政治的にも業をなした彼らに賞賛のことばを贈りたいと思うのである.小生は医学部の出身であるが,応用数学(?)らしき分野と掛け持ちで,二足の草鞋を履いているから,彼らの生き方に度を過ぎた思い入れがあるかもしれないが,否応なく,人生の目的や理想について考えされられてしまう.
 
 人生の目的はひとそれぞれであって,ある人は自然や文化の美しさ・豊かさを人よりもよく知り,味わい,楽しもうとするだろう.ある人は芸術に科学にまたは文学の上に,自ら創作して業をなすことをこの世の中の最上の目的とするし,ある人は政治的または社会的に,国家人類のために活動することのみに価値をおく.また,ある人にとって人生の理想は人格の完成にあるだろう.
 
 仕事をする動機も人さまざまであろう.競争心や負けん気から,または名誉心・功名心から,一身の栄達・地位を確保するため,あるいは人に忘れ去れぬため,等々.どのような動機にせよ,よい仕事の生まれることもあるだろうから,人間の営みである以上,競争心や功名心も一概に排斥すべきではないと思うが,小生には学問そのものの魅力に惹かれ,純粋な気持ちでなされた仕事こそ最も尊いものに思われるのである.
 
 それではお前はどうなのだと問われると,あれこれ沈思黙考をめぐらせることが三度の飯より好きでやっているとしか答えようがないのだが,これまで取り組んできた数学の生物学研究への応用というテーマは,インスピレーションとイマジネーションを必要とし,サイエンティストとしての良心を十分に満たしてくれている.小生にとって,コンピュータ・ゲームやパソコン通信では「創造する心」は満たされないのである.
 
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 何年か前までは病理学なる学問を人一倍こつこつと勉強していた男が,それに飽きたらず,実際のデータ解析を通じてふと思いついた種を育むうちに,数学ことに数理統計に魅せられて,学会で発表したり単行書を上梓するに至ったのだが,小生の本職は病理医である.したがって,小生にとって応用数学云々は飯の種でも何でもないし,なにがしかの見返りも期待できないのだが,そのことが大学医学部・公立がん研究所という環境の中では趣味的・余技的・遊芸的に見られ,誤解を受けることも多い.逆に,応用数学の業界にあっては専門の数学教育を受けていない門外漢とみなされ,白い眼で見られた経験が幾度となくある.
 
 両方の意味で世間の風当たりは強いのだが,複雑な現象を解析するためのコンピュータの科学への応用を含め,より広い世界を獲得しようとしている独創性が,まだまだ正しく認識されていないように思われてならない.ともあれ,そういう風当たりや論文をたくさん書いて立身出世しようなどの誘惑には屈せず,今後も自分で考え,自分で計算したものしか論文にしないという独創的で純粋な科学との携わり方を自分に課していきたいと考えている.最後に,50作完遂に寄せる思いを一言で表現するならば「日も暮れて途なお遠し」ということになろうか.